新人魔女を巻き込んだ師匠の思惑(1)
翌日、リッカと母ロレーヌが正装に身を包み会場に向かうと、そこは既に貴族たちで溢れていた。突然に知らされた夜会だと言うのに、皆それなりに着飾っている。さすがは社交に慣れた貴族たち。手慣れたものだとリッカは感心するとともに、これが貴族というものなのだとげんなりもした。
そんなリッカの隣では、母がここぞとばかりに本領を発揮している。ひっきりなしに声をかけられているというのに、ロレーヌの笑顔は見事なまでに崩れない。リッカはそんな母を見て、改めて貴族社会での立ち居振舞いがいかに面倒であるかを思い知らされる。自分には到底出来ない。そんなことを思っていると、すぐさま母の肘がリッカの脇腹にめり込んだ。
「痛っ」
思わずリッカが小さく呻く。しかし、ロレーヌは笑顔を崩すことなく知らん顔を決め込んだ。「貴族らしくしなさい」という母の無言の圧力に気圧されたリッカは慌てて笑顔を貼り付ける。第一に笑顔、第二に笑顔、第三に笑顔。そう心の中で繰り返しながら、ロレーヌに挨拶に来る者たちにリッカは会釈を繰り返す。社交の苦手なリッカにとって、会話が弾むような話題のチョイスは難題である。ロレーヌの後ろに隠れながら笑顔を張り付けているだけで精一杯だった。
夜会が始まって暫くすると国王マリアンヌが会場に姿を現した。リゼとエルナ、そして父イドラの姿も見える。イドラの隣には父と同じくらいの年齢の男性が見慣れぬ装束に身を包んで並んでいた。
「お母様、あの方はどなたですか?」
見知らぬ男の存在が気になったリッカが母に尋ねると、どこぞの貴族夫人とのお喋りに花を咲かせていたロレーヌの顔が一瞬きゅっと引き締まる。
「さぁ? お名前は存じ上げませんけれど、お父様方と一緒にいらっしゃると言うことは、あの方が隣国の使者様ではないかしら。後で一緒にご挨拶に参りましょう」
ロレーヌの言葉にリッカはコクリと頷いた。隣国の使者などリッカには全く関係のない人物だ。しかし、宰相である父や皇太子の婚約者である義姉の立場もある。礼を欠いた態度を取るわけにいかない。リッカは仕方がないと腹を括った。
国王一行が所定の位置に着くと、国王マリアンヌが挨拶のために一人壇上に上がった。
「皆、よく集まってくれた。今宵は隣国から賓客を迎えておる。失礼のないように。夜会は七夜続く。存分に楽しんでくれ」
国王が言葉を切ると会場からは割れんばかりの拍手が起きた。リッカも倣って拍手を送る。