新人魔女と師匠の間に起きたわずかな軋轢(8)
リッカはリゼが捲し立てる言葉にしばらくの間ポカンとしていたが、やがて合点がいったのか、その表情を引き締めた。作業台にコトリと瓶を置く。その一連の仕草が妙に静かだった。リゼは弟子の纏う雰囲気に僅かに怯む。
「リゼさん、確かにわたしは実習や研究時間をたくさん確保したいと思っています。でも、今やっていることが無駄だとは思いません」
リゼはリッカの言葉を「いや、無駄だろう」とキッパリと切り捨てる。そんなリゼの様子に、しかしリッカは怯まず言葉を続ける。
「絶対無駄なんかじゃありません。今こうして造っているものが例え魔道具じゃなくても、その過程がいつかすごい魔道具を生み出すかも知れないじゃないですか!」
リッカの言葉にリゼは眉を寄せる。
「理解出来ない。時間は有限だというのに、何故、他の者でもできる事に時間を費やす? 君は魔法使いとしての自覚がないのか? それともただの馬鹿なのか? 魔術に対する研究・研鑽こそが魔法使いが成すべき事だ! 君はそれが分かっているからこそ、そこら辺の魔術工房ではなく私の元へ来たのではないのか!?」
リゼの否定の言葉にリッカは悲しそうに瞳を伏せる。
「君の望みは、のんびりと好きな研究をすることではないのか? だったら、この工房に籠って私の手伝いをしていれば良い! それが何よりの時間の有効活用というものだ」
リゼの言葉の後、沈黙が辺りを支配する。しばらくして「リゼさん」とリッカが静かに名を呼んだ。その声には僅かに非難の色が含まれている。
「リゼさんこそ、この国の大賢者、この国随一の魔法使いであるという自覚はあるのですか?」
唐突な問いだった。リゼは一瞬言葉に詰まるが、すぐに「当然だ」と答える。そんな師匠の言葉にリッカは顔を顰めた。
「本当にそうでしょうか? リゼさんが他の者には真似出来ないような、難しい魔術の研究をいつもされていることは知っています。でも……。リゼさんはこの国一番の魔法使いとして、何を成したのですか?」
リッカの言葉に今度はリゼが眉を顰めた。
「その知識やお力は、王宮とご自分の為だけに使われていませんか?」
リッカの言葉にリゼは眉間の皺を深くする。
「何を言うかと思ったら……。王宮の為に力を使うのが大賢者の責務だ」
答える声は硬い。そんな師匠にリッカは小さく息を吐くと、再び口を開いた。
「そうなのかも知れませんが、わたしが憧れる魔法使いは違うのです。他者のために力を尽くせる人なのです」