新人魔女と過保護な両親(1)
「いい加減にしなさい!」
母ロレーヌの怒鳴り声が屋敷に響く。それと同時にパンッと乾いた音がリッカの頬を打った。
「リッカ、貴女はあれが危険な状況だと思わなかったの?」
母の声は怒りに震えていた。瞳には涙が滲んでいる。叩かれた頬を押さえたまま、リッカは呆然とした表情で立ち尽くした。まさか、母に叩かれるとは思ってもいなかった。呆然とするリッカを母は睨みつける。
「無鉄砲にも程があるわ」
ロレーヌの瞳からは堪えきれなくなった涙がぼろぼろと流れ始めた。リッカの記憶の中には、母に打たれた記憶も泣かれた記憶もない。こんな母をリッカは初めて見た。
「ごめんなさい……」
ポツリと呟き俯く。そんなリッカを見て母は嗚咽を堪えながら怒鳴った。
「謝れば済む問題じゃないでしょう! 自ら危険に首を突っ込むなんてどうかしているわ!」
「でも……」
リッカは口ごもる。そんなリッカの耳を母の怒号が打つ。
「『でも』じゃないのよ。貴女はまだ子供なの。危険なことはしないでちょうだい。貴女に何かあったら、私は……」
そこまで言うとロレーヌは両手で顔を覆った。嗚咽が漏れ聞こえる。
「ごめんなさい、お母様」
リッカが再度謝罪の言葉を述べると、母がまた何か怒鳴ろうと大きく息を吸い込んだのがわかる。しかし、彼女は言葉を発する前に口を噤んだようだった。隣にいた父イドラが母の肩をそっと抱き寄せ、「お前の気持ちもわかるが……」と静かに言った。
「リッカは、エルナを守ろうと懸命に行動しただけだ。そう感情的になるな」
イドラの言葉にロレーヌは嗚咽を堪えるように唇を噛む。そんな母の肩を優しく摩りながら、父は部屋の入り口で所在なさげに顔を伏せているエルナへ視線を移すと優しく言った。
「君もそんなところに立っていないでこちらへ来なさい」
義父に言われ、エルナは小さく頷いたのちのそのそとリッカたちへ近づいて行った。だが、その顔を上げることはない。
リッカとエルナは、王宮の客間にて静養したのちにその日の仕事を終えたイドラに連れられて屋敷へと戻ってきていた。そして、この惨状である。
「申し訳ありませんでした、お義母様……リッカさんを危険な目に合わせてしまって」
エルナの小さな謝罪にロレーヌはハッと息を呑み、涙に濡れた顔を上げる。
「貴女のせいではないわ」
慌ててそれだけ言うと、ロレーヌはまた俯いてしまった。エルナはそんな母を悲しげに見つめる。父は困ったような笑みを浮かべて言った。