新人魔女には少し難しい助言の話(8)
いつのまにか彼女の涙は止まっていた。
「人ひとりに出来ることなど本当にささやかなものですよ。例えば美味しいご飯を家族のために作るとか、家の前を綺麗に掃き清めるとか、出かけたついでに誰かのお使いを引き受けるとか、そんな小さなことくらいです」
ミーナの言葉にエルナは、「そんなことは……」と言いかけて口を噤む。そんなエルナにミーナは優しく微笑みかけた。
「過度な期待を向けられた相手は、いつかその期待の重さ故に潰れてしまうでしょう。もしかしたら、大賢者と言われ類稀なる能力をお持ちのあのお方は平気かもしれませんが、貴女ご自身はいかがでしょうか?」
エルナはハッとしたように目を見開き少し考え込むそぶりを見せた。ミーナの言葉にエルナは自身の胸に手を当てる。そして真っ直ぐに彼女の目を見つめ返した。その瞳には先ほどまでのような迷いはないように見える。やはりこの少女は聡明だ。
「誰かを想い行動に表すのは、そんな小さなことで良いのです。それで救われる人はいるのですから。誰かを想う時こそ、無理をせず自然体でいることが大切だと存じます」
もうきっと大丈夫。そう思い、ミーナは静かに言葉を終わらせた。エルナはミーナに向かって深く頭を下げた。
「ミーナ先生、御助言をいただきありがとうございます。私……いろいろと考え違いをしていたのかもしれませんね」
ミーナの願いが通じたのか、エルナは肩の荷を下ろしたような清々しい笑顔で頷いた。
そんな二人の会話を黙って聞いていたリッカだったが、頃合いを見計らったように興味津々といった様子で問いかける。
「あの、ミーナさんとお姉様は一体何のお話をされているのですか?」
「私、少し気を張り過ぎていたようなのです。それをミーナ先生にご心配いただいたのですよ」
エルナの言葉にリッカはなるほどと頷いた。それから少し眉根を寄せる。
「そうですよ。お姉様は少し頑張りすぎです。先日も、ダンス練習を個人的になさろうとしていましたし。貴族教育など適当に受けておけば良いのです。どうせ、そのうち嫌でも身につくことなのですから」
リッカのあっさりとした物言いにミーナは思わず苦笑する。それから、少し顔をしかめながらリッカを諭した。
「あら、リッカ様。そのように仰られては、私、立場的に大変困ってしまうのですけれど」
講師にそう言われ、リッカは慌てふためく。そんな新人魔女を取り囲みながら、ミーナとエルナはクスクスと笑い合った。