新人魔女と楽しい貴族教育(8)
そして静かに息を吐いた後、少し困った様な表情で口を開いた。
「貴女たちの言い分は分かったわ。私が小言を言ったところで状況が変わるわけでもないでしょうし……」
ロレーヌはそう言って二人の顔を交互に見た。そして、少し間を置いてから言葉を続ける。
「これまでのしきたりを学ぶことも大切だと言う事は忘れずにおきなさい。その上で、もっと広い視野を持って未来を見つめなさいね」
母の言葉を聞いて二人は大きく頷いた。
「もちろんですよ、お母様」
リッカがそう言って笑顔を見せる。その笑顔を見てロレーヌもわずかに微笑んだ。
「さぁ、そろそろ舞踏練習の先生がおみえになる頃ですよ。二人ともホールへいらっしゃい」
ロレーヌはそう言うと、椅子から立ち上がり部屋を後にする。リッカとエルナも立ち上がると母の後を追って、部屋を出ていった。
王宮からやってきた講師は、大層厳しい老女だった。長年王族を教育してきたというその講師は、とにかく何でもかんでも作法にこだわり、少しでも粗相をするとすぐに二人を叱り飛ばした。しかし、サラ・ボニーとは違い贔屓や偏見に満ちた教育をする様な事はなかった。
リッカはこれまでにも様々な講師から指導を受けたことがあったし、エルナは、誰に倣うでもなく洗練された所作を身につけていたのだが、それでも二人は終始緊張を強いられる講義となった。
舞踏の型を覚えるなどまだ早いとでも言わんばかりに、その講師からは、二人の姿勢や歩き方にいちいち注意が入る。
「何度言ったら分かるのです! どうしてその様に雑な所作をするのです!」
老女はそう言って手にしていた扇子をパシリと大きな音を響かせながら閉じる。リッカとエルナは一瞬ぴくりと肩を震わせるが、すぐに姿勢を正し、ホールの中をひたすらに歩く。ただただ歩く。
「舞踏の型を覚えることはもちろん大切です。しかし、それ以上に心構えが大切なのですよ。舞踏はただ単に優雅に踊るだけのものではございませんの。それは貴族社会の縮図なのです」
老女はそう言ってリッカとエルナを叱責する。そう言われても二人にはその言葉の意味をすぐに理解することは出来なかったのだが……。
リッカは練習に同席していた母のロレーヌをチラリと見る。するとロレーヌも気まずそうな表情でこちらを見ていた。どうやらこの老女の厳しさは母にとっても想定外だったらしい。リッカが途方に暮れた顔で助けを求める。しかし、母は首を横に振るばかりであった。