新人魔女と妊婦と不思議なアップルパイ(8)
リッカは答えを探るように少し考えた後、口を開いた。
「二時間くらいですか?」
すると、ミーナは可笑しそうに笑って首を横に振る。
「さぁ。知らないわ」
「えっ?」
まさか知らないと言われるとは思わなくて、リッカは呆気に取られた顔をする。そんなリッカに、ミーナはにっこり笑うと言った。
「アップルパイ一個を作るのにどのくらいの時間がかかるのかは知らないけど、このアップルパイを作り出すまでには、かなりの時間と労力がかかっていることは間違いないわ」
リッカはじっとミーナの話を聞いていた。
「人前に出すには、見た目も美しくしたいし、味もより美味しくしたい。じゃあ、これではダメだな。次はこうしてみようかな。そうやって試行錯誤を繰り返さないと、良い物は作れないと思うの」
確かにそれはそうだと、リッカは頷く。お菓子作りのことは全く分からないが、そういうことの積み重ねがあって、あのアップルパイが出来上がったのだろうということは想像できた。
ミーナは更に続ける。
「それに良いものが出来ても、本当に売り物になるかどうかは、試しに店頭に出してみないと分からないわ。それは、アップルパイに限ったことじゃない。このお店にだって言えること。自分でいいと思っていても、お客様には喜んでもらえないかもしれないもの」
ミーナの言葉に、リッカは目から鱗が落ちるような気がした。
ミーナが言う通り、まずは自分が納得するものでなければ人前になど出せない。そのためには、何度も研究を重ねなくてはいけないはずだった。しかし、リッカの考えた魔法陣は理論上は大丈夫でも、危険で実験すら出来ない代物なのだ。確実に使えるのかどうかも分からない状態でどうして完成したと言えよう。リッカの組み上げた魔法陣がどんなに正解に近いものだったとしても、自身が納得できていないものではダメだということだ。
リッカはぐっと拳を握りしめると、ミーナに言う。
「ミーナさん。わたし、分かったような気がします」
ミーナの言葉で、リッカは自分のやるべきことが明確になった。
(まずは、自分が納得できるものを作ろう。自信を持って完成系だと言えるものを作ろう。それがリゼさんの求めていたものかどうかは、その後に考えればいい)
どこか吹っ切れたような顔を浮かべるリッカに、ミーナはにっこり笑う。
しばらくして店に戻ったジャックスが買ってきたアップルパイに、ミーナがさらに目を輝かせた。よほどお気に召したようだ。