新人魔女と妊婦と不思議なアップルパイ(5)
ジャックスがそう答えたので、リッカは心配になり表情を曇らせる。店の奥の方からは何やら物音がするが、ミーナが現れる様子はない。リッカはジャックスに尋ねた。
「体調が悪いって、ミーナさんは大丈夫なんですか?」
いつも元気な印象があるミーナの不調に、リッカは眉根を寄せた。リッカの表情を見たジャックスは、ポリポリと頭を搔き、店の奥の方へちらりと視線を送った。困ったようにため息を吐き、ジャックスは少し逡巡した後、口を開いた。
「まぁ、病気ではないからな……その……なんだ……悪阻が酷いらしくてな」
ジャックスの言葉に、リッカは目を見開く。ミーナが妊娠していることなど全く知らなかった。
「ミーナさん、妊娠されていたんですか?」
思わず尋ねると、ジャックスは「あぁ」と小さく頷く。リッカが驚きに固まっていると、店の奥の扉がカチャリと音を立てて開いた。扉から出てきたのは、ミーナだ。顔色があまり良くないように見える。
「あら、リッカちゃん。いらっしゃい。ごめんなさいね。今日はお店を閉めているのよ」
そう言ってリッカの方へ目を向けたミーナは、ジャックスと似たような苦笑を浮かべている。リッカは慌てて首を横に振って言った。
「いえ。今日は買い物ではないので。ミーナさんとお話ししようかなと思って来てみたのですが……それより、その……お加減どうですか?」
ミーナは少し気分が優れないだけだと言うが、その表情にいつもの明るさはない。どことなく辛そうだ。そんなミーナを見て、妊婦とこれまで接したことのなかったリッカは、何と言えばいいのか分からずオロオロと視線を彷徨わせる。
すると、リッカの狼狽ぶりを察したのか、それとも何も考えていないのか、ジャックスがタイミング良くスンと鼻を鳴らした。
「何だか、美味そうな匂いがするな」
リッカはハッと我に返ると、慌てて持っていた箱を差し出した。
「これ、そこの広場の屋台で貰ったんです。開店記念とかで配ってて。ミーナさんと食べられたらと思って持って来たんですけど……」
ジャックスはリッカからアップルパイの入った箱を受け取ると、バツの悪そうな顔をする。
「せっかくだが、嬢ちゃん。ミーナは今、ほとんど食べ物を受け付けないんだ」
ジャックスの言葉に、リッカは驚いてミーナを見る。ミーナも申し訳なさそうな顔をしていた。
「そうなのよ。匂いを嗅ぐだけで……あら?」
ミーナは箱から漂う甘い香りに、不思議そうに目を瞬かせる。