新人魔女と妊婦と不思議なアップルパイ(4)
思わずリッカが聞き返すと、男性はニコニコとした表情を崩さずに言った。
「うん。今日は開店記念で街の皆さんにアップルパイを配ってるんだ」
男性があまりにもにこやかに微笑むので、リッカはアップルパイと男性を交互に見比べた。
「開店記念?」
「そう。あそこの通りに新しくできた『スイート・ミッション』って、店。良かったら、今度来てよ」
男性が指差した方を見る。どうやら広場を抜けた先の商店街に店があるらしい。
「そうなんですね。じゃあ、今度伺います」
リッカは差し出されたアップルパイの箱を受け取ると、ペコリと頭を下げた。男性は嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「待ってるよ! 食べてみて美味かったら、店の宣伝もよろしくっ!」
男性の笑顔に釣られるようにリッカも笑みを浮かべると、甘いリンゴの匂いがする箱を胸に抱えてその場を離れた。
街へ来たのは正解だったとリッカは思う。あれほど煮詰まっていた気分が、賑やかな雰囲気と甘いお菓子のおかげで幾分マシになった。リッカは改めて手に持った箱を眺めた。
(少し小ぶりのアップルパイだけど、手土産にちょうどいいかも)
まだ温かい箱の中からは、甘い香りが漂ってくる。一口齧ればサクリとした食感のパイ生地に、甘酸っぱいリンゴとバターの香りが口いっぱいに広がるだろう。自然と口元に笑みが浮かぶのを感じながら、リッカはジャックスの妻ミーナがやっている店へ足を向けた。
広場を抜け、人通りの多い商店街へ入る。この辺りは、日常的に使う魔道具や薬を売っている屋台が多く立ち並んでおり、買い物客で賑わっていた。道行く人とぶつからないように注意しながらミーナの店へ着くと、リッカは店の扉を開いた。
チリンと、扉につけられていた小さな鈴が軽やかな音を立てる。リッカは開いた隙間から店の中を覗き込んだ。店の中は少し薄暗いが、中の様子が見えないほどではない。
(ミーナさん、いるかな?)
キョロキョロと見回すと、店の奥で何か作業をしていたらしい人物が顔を出した。
「おっ! 嬢ちゃんか。よく来たな」
就労斡旋所『プレースメントセンター』の所長ジャックス・ランバートだ。店の主であるミーナはと言えば、店の奥にいるのか姿が見えない。リッカはペコリと頭を下げる。
「ジャックスさん。こんにちは。今日は就労斡旋所の方はお休みですか?」
リッカがそう尋ねると、ジャックスは苦笑した。
「……まぁな。ミーナのやつが具合が悪いってんで、休みをもらってるんだ」