新人魔女と妊婦と不思議なアップルパイ(2)
リッカが頭を悩ませていると、足下から声が聞こえてきた。
「リッカ様。どうされたのですか? お腹が空いているのですか?」
リッカの足下にいたのは、使い魔のフェンだ。リッカの影から出てきたフェンは、心配そうにリッカを見上げている。リッカは机の上に置いていた魔法陣を机の鍵付きの引き出しにしまい込む。そして、引き出しに鍵をかけた。
リッカはフェンを抱き上げ、自身の膝の上に乗せると、使い魔のふわふわとした毛並みを無心で撫で始める。リッカに撫でられながら、フェンはしばらくの間気持ちよさそうに目を細めていたが、主人があまりにも静かに自身を撫で付けるので、落ち着かなくなったのだろう。突然、リッカの膝から飛び降りると、口を開いた。
「リッカ様。今日は、工房へ行かなくても良いのですか?」
フェンは尻尾をゆらゆらと揺らしながら、リッカを見上げた。
「今日は、天曜だから」
リッカはぼんやりとしながらフェンにそう答えると、ゆっくりと椅子の背もたれに体重を預けた。
今日は天曜で工房の仕事は休みだ。王都エル・ヴェルハーレでは、水曜から始まり、金・地・火・木・土・天の七日間で一週と決められており、就業人は週に一度は必ず休日を取るように定められている。リッカはマグノリア魔術工房に勤め始めた際、天曜を休日とすると届け出を出し、工房主のリゼもそれを了承していた。
(そういえば、今日は天曜なのよね)
リッカは椅子から立ち上がると、自室の窓を開け放ち、その眼下に広がる街並みを眺める。街はいつの日でも活気があるが、天曜は特別な市が至る所で立つため、街は一際人々で賑う。
リッカはぼんやりと街の景色を眺めながら、ふとジャックスの妻であるミーナのことを思い出す。活気のある天曜、きっと彼女はニコニコと満開の笑顔で店を開けているだろう。
(気分転換に街へ行こうかしら)
リッカは、窓辺から踵を返す。
「フェン。出かけましょうか」
「はい」
リッカは自室を出ると、使い魔のフェンと共に王都の街へ出た。街はやはり活気に溢れていて、道行く人々は皆明るい笑顔を浮かべている。市場に行けば食べ物や飲み物が安く買えるとあってか、家族連れや恋人たちも多く見られる。
リッカはいくつかの屋台で美味しそうな食べ物を買いながら、のんびりと街中を歩く。街の広場では、吟遊詩人たちが楽器を奏で、物語を歌っていた。その物語に聞き入りながら、リッカは広場に設置されたベンチの一つに腰を下ろす。