新人魔女とたいへんな密約(8)
リゼがそう言うと、思わず声を荒げそうになったリッカを遮り、宰相が口を開いた。
「リゼラルブ様。我が娘の幸せを考えて頂きありがとうございます。しかし貴方様は、先ほど我が娘との婚姻を望んでおられると仰ったではありませんか。そのお言葉は……」
宰相はそこまで言って言い淀むと、言葉の続きを探すように視線を泳がせた。リゼはそんな宰相を一瞥すると、ふっと笑みをこぼす。
「国王陛下が望んでいるのは、宰相家の娘との婚姻です」
リゼの言葉に、宰相は眉根を寄せる。
「ですから、我が家の娘との婚姻と言うことでしたら……」
自身の言葉に、宰相は眉をぴくりと動かす。しかし、次の瞬間には冷静さを取り戻した。
「……なるほど」
「あなた?」
「お父様?」
一人納得した宰相へ妻と娘が怪訝そうな視線を送る。だが、宰相は気にする様子もなく言葉を続けた。
「リゼラルブ様。貴方様の希望とあらば、我が家は新たな娘を迎え入れましょう」
宰相はそう言い切ると、リゼに鋭い視線を向ける。リッカは父の言わんとしていることが理解できず狼狽えた。
(何を言っているの?)
リッカが困惑している間も、リゼと宰相の会話は続いていく。
「では、こちらのエルナ・オルソイを貴殿の娘にしてください」
リゼはそう言うと、自身の後方へ視線を流す。皆の視線がエルナへと集まる。すると、宰相はすっと目を細めた後、口を開いた。
「こちらのお嬢様を我が家へ?」
「はい。是非、そうして頂きたい」
リゼは迷いなく肯定する。
「宰相は、オルソイ家を覚えておいでですか? エルナはあの家の一人娘です。両親は亡くなり、遠縁の親戚が後見人となっておりましたが、家との折り合いが悪く、数年前から陛下付きの侍女として城に籍を置いております」
宰相は興味深そうにエルナを改めて見やる。
「存じております。オルソイ家といえば、遠くは王族とも血縁関係のあった由緒正しき爵位家。確か、夫妻が流行病に倒れ残されたのは乳飲子だけだったため、爵位返上となったはず」
宰相はそう言うと、エルナに向けていた視線をリゼに戻した。リゼは宰相の言葉に頷き、声高に宣言する。
「私はいずれ、エルナと婚姻を結びたいと考えています。とは言え、事はそう簡単には運ばないでしょう。ですので、宰相家にご助力を願いたいのです。まず表向きは宰相家の娘との縁談を承諾したと言うことで、陛下にお話を。この密約の見返りは、もちろんリッカ嬢の将来と言うことで、いかがですか?」