新人魔女とたいへんな密約(5)
突然のリゼの問いかけに、母は驚いたように目を見開く。リッカもリゼの真意が掴めない。母は相変わらず困惑した表情で首を傾げたままだ。
リッカはゴクリと唾を吞み込むと、じっと母の返事を待つ。そんな母をしばらく見つめていたリゼだったが、やがてふっと表情を和らげた。普段見せない優し気なリゼの表情に思わず視線を奪われたリッカだったが、次の瞬間ハッとしたように意識を取り戻すと母に目を向けた。
娘と夫、そして皇子からの視線を浴びながら母は少し考えた後、恐る恐る口を開いた。
「私は、突然のお話にただ驚くばかりです。大賢者様との婚姻ということですら、昨夜聞かされて驚いておりましたものを、本来は皇子様との婚姻だなどと、恐れ多いことでございます。国王陛下からのご下命ということですが、娘はまだまだ未熟者。何かの間違いではないかと……」
リゼの優し気な笑みに誘われる様に口を開いた母だったが、その表情は未だに硬く、手は小刻みに震えていた。
リゼは小さく頷くと、確認するかのように母に問いかける。
「では、夫人はこの婚姻に反対の意を唱えるということですか?」
母はピクリと肩を震わせた後、静かに首を横に振った。
この婚姻を断ることができないことは、この場にいる誰もが理解している。何しろ国王陛下が直々に望まれていることだ。昨日、リゼはリッカを案じ、断っても良いと口にしたが、実際にリッカが拒否していた場合は、宰相である父やリゼの立場が厳しいものになっただろう。
国随一の権力者からの婚姻の申し入れに拒否権などないに等しい。そのことをリッカの母は重々承知していた。
「滅相もございません。我が家から王家への輿入れが叶うなど誉にございます。先ほども申し上げましたが当家の娘は若輩故、そこが気がかりなのでございます」
リッカの母は膝の上に置いていた手をぎゅっと握りしめると、震える声でそう答えた。すると、リゼは表情を和らげて頷いた。
「夫人のお気持ちはごもっともです。しかしながら、宰相のご令嬢。いずれは立派な御方になられることでしょう。……ですが」
リゼは一旦言葉を切ると、宰相夫妻を正面から見据えて続けた。
「失礼ながら私としても、ご息女は年齢的にも実力的にも、まだ若輩だと考えています」
リゼの言葉にそのばにいる全員が目を見開く。
年若いことは仕方がないにしても、実力不足は否めない。まさか、リゼにこうもはっきりと評価を下されるとは思ってもいなかった。