新人魔女とたいへんな密約(3)
リッカが振り返ると、最後尾を歩く父の鋭い視線が突き刺さる。父の硬い表情から、リッカは自然と口を噤んだ。
(お父様、不機嫌そう……)
リッカはこっそりとため息をつく。父の険しい表情から察するに、きっとリッカのリゼに対する立ち振る舞いが気に入らないのだろう。父は国の宰相なだけあって、格式には厳しい人なのだ。リッカはできるだけ貴族の娘に相応しい表情を作って前を向いた。
応接室に入るとリゼにソファを勧め、自身はその後ろにエルナとともに控える。リゼがソファに座ると、父と母が向かいに腰を下ろした。
そして、三人の前にお茶と焼き菓子が置かれる。リッカは使用人に下がるよう告げた。使用人の足音が遠ざかったのを確かめてから父へ目を向けると、すぐに話が始まった。
「リゼラルブ様。本日は誠に申し訳ございません。本来ならば私共が伺うべきところ、当家へわざわざご足労いただくことになってしまい……」
父はリゼに軽く頭を下げる。そんな父の言葉に、リゼは首を緩やかに横に振ってから、優雅な所作で紅茶を口に含むと静かにソーサーへ戻す。カチャリと小さく陶器の触れ合う音が部屋に響いた。
リッカは無言で父とリゼのやり取りを見守る。一呼吸おいた後、再び父が口を開いた。
「大変恐れ入りますが、まずは我が妻にリゼラルブ様の御身分を明かしてもよろしいでしょうか?」
父の言葉に、リゼは小さく頷く。父の言うことはもっともだった。この場にいる者で、リゼの本当の身分を知らないのは母だけ。
リゼはこの国唯一の大賢者であるとともに、この国の皇子でもある。今回の来訪の理由を話すためにも、母にはリゼの身分を明かすべきだと父は考えたのだろう。
父から耳打ちをされた母の表情が瞬時に強張った。そうかと思うと、母は見るからに緊張し始めた。しかし、さすがは宰相の妻。わずかに視線を泳がせただけで声を発しようとはしなかった。
「他言はせぬ様、お願い申し上げます」
素知らぬ顔でお菓子とお茶を口にしていたリゼがカチャリとカップをソーサーに置くと、同時に父と母は恭しく礼をした。
リッカは母に視線をむける。その表情は明らかに蒼白だ。きっと以前リゼと会った時の自身の態度を思い返しているのだろう。母は困ったように眉尻を下げて、膝の上にのせた自身の手をぎゅっと握りしめていた。その様子を見る限り、今にも卒倒してしまいそうだ。
そんな母を見かねて、リッカは母の元へ行くと、母の手を優しく取った。