新人魔女とたいへんな密約(1)
リッカの決意を受けて、リゼもエルナもその想いに応えることを決めた。しかし、事は三人だけの問題では済まされない。
リゼは世間的には公表されていなくとも歴とした王族である。それでなくとも国唯一の大賢者であり、要人だ。今回の話を持ちかけたのが例え王族側であったとしても、決断をした時点で臣下であるリッカの両親には王へのお伺いという、形ばかりの謁見に臨む責任が生じてくる。
リゼがリッカの両親と話の擦り合わせをしたいと言うので、本日、リッカは森の中の工房へは行かず、自宅にて両親と待機している。
両親には昨夜のうちにリッカの決断を告げていた。宰相である父は、厳しい顔をしていたが特に何も言わなかった。昨朝の態度から察するに、既に王族側からの打診を受けて心積りをしていたのだろう。しかし、何も聞かされていなかったのであろう母の方は、リッカの決断にひどく驚いていた。母は今にも泣き出しそうな顔で「こんなにも早く家を出ていくことになるなんて」と涙ぐんだ。
母の狼狽した様子を思い出しながら、リッカはため息をついて顔を上げる。自身も母と同じように、この家を出るのはまだ先だと思っていた。
(わたしの花嫁姿なんて想像できないなぁ)
リッカはぼんやりそんなことを考える。窓の外から見える空は高い。抜けるような青空を眺めていたリッカは、青の中にぽつんと浮かんだ黒点を見つけると、窓から離れ部屋を後にした。
リッカは部屋を出て談話室へと足を向ける。
「お父様、お母様。そろそろリゼさんが到着されますよ」
談話室のドアをノックしてそう声をかけると、まもなく部屋から父と母が顔を覗かせた。二人は略礼装に身を包み、どこか緊張している。
「普段通りで良いとリゼさんはおっしゃってたから、そんなに気負う必要はないと思うのですけど」
二人の略礼装のマント姿に苦笑を浮かべたリッカに、母親は渋い顔を見せる。
「何を言っているの。普段着で大賢者様をお迎えして良いはずがないでしょう。急いでマントを羽織ってきなさい」
リッカの服装はまさに普段着で、いつも工房へ着ていく動きやすい格好だった。確かに格上の客人を招く様な装いではないかもしれない。
リッカは眉尻を下げると肩を竦めた。視線を父へ向けると、父は渋い顔で小さく頷く。仕方なくリッカは軽く頭を下げ、慌てて自室へ引き返した。
着替えを終えたリッカが再び両親の元へ戻ったその時、玄関の呼び鈴が鳴り、来客の訪れが告げられた。