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1章 悲惨な日常 8話

 しばらくしてから、ソファーに座り、生徒達の下校時刻を悲哀に満ちながら静かに待ったライト。

 

 時が経ち、放課後のチャイムが鳴る。


 そして、掃除用具がある近くの教室に向かい出したライト。


 下校する生徒達とすれ違う度に、蔑視の目を向けられる。


 ライトは周囲に居る人を視界に入れないために俯き、声も耳に入れるのを拒絶し、遮音するように努力する。

 

「こんにちは」


 朝と同じような状態のライトにまたもや、見知らぬ女性がすれ違いに爽やかに挨拶をしてきた。


 しかし、ライトにその言葉は届かなかった。


 その女性は朝と同じように悲傷しているようなライトの背中を見ながら、重いため息を吐く。


 そして、掃除用具を手にしたライトは居たたまれない思いで、校舎の隅々を清掃していく。


 ライトは掃除をしている最中、アパートに一人で居るカナリアの安否が気がかりだった。


 本当ならすぐに帰ってカナリアの介護をするつもりだったライトは、今回の騒動を起こした結果に(かい)(こん)していた。


 ただ、ただ、辛く、泣きたくても涙が出てこないライト。


 掃除を終える頃には夜の二十時を回っていた。


 ライトは掃除用具を片付け、急いでアパートに帰る支度をし走り出す。


 カナリアにもしもの事がないか、と心配しながら、校門を出て、朝通った同じ道を走っていくライト。


 ライトは肩から息を切らしながらカナリアの事だけが脳裏を過る。


 ちゃんと食事は取ったのだろうか。一人でどこかに言ってないだろうか、と


 ライトは不安でどうしようもなかった。


 夜だったせいか、ライト以外の人は殆どいない。


 だが、そんな些細な事は気にも留めず走り続けていたライトはアパートに辿り着く。


 急いでポケットから鍵を取り出し、鍵を開け、ドアノブを回す。


 電気など付いていなく、中は暗かった。


 「母さん⁉」


 ライトは玄関の灯りを付け、慌てながら声を上げる。


 靴を脱ぎ捨て、小さいリビングを駆け抜け、カナリアの部屋をすぐさま開ける。


 しかし、そこにカナリアの姿は無くライトは息を呑む。


 「そんな! どこだ?」


 慌てるライト。


 鍵はかけてあり、その鍵はライトが持っている一つのみ。


 カナリアが外に出たのなら鍵は自然に開いているはず。


 だとしたら、どこに?


 カナリアがアパートから消失した事で、ライトの表情が徐々に青ざめていく、――その時。


 「あら、あら、ライトちゃん。もうかくれんぼはしなくていいの?」


 ライトの背後、カナリアの部屋のドアから聞き覚えのある優しい声がしてきた。


 その声に我に返ったライトはすぐに振り向く。


 そこには、微笑みながらリビングの前で立つカナリアの姿があった。


 カナリアの無事を確認できたライトは心の底から安堵し深いため息を吐く。


 「ただいま。母さん」


 ライトはホッとした表情でカナリアの傍に駆け寄り、優しく抱きしめた。


 「はい、はい、ライトちゃんは相変わらず甘えん坊さんね。かくれんぼの間、少し離れてただけなのに」


 愛しむような声でカナリアもライトを優しく抱きしめる。


 カナリアは鬱病だけでなく、若年性認知症を(わずら)っていた。


 鬱病が発症したのがヴァンを亡くしてからの九カ月後には認知症の傾向が見え始め、そこから一カ月後には急速に症状が悪化した。


 「そうだね、母さん。迷惑かけてごめん」


 カナリアの間違いを指摘せず、穏やかな声で受け止めるライト。


 「それより母さん、朝食は食べたの?」


 ライトは懸念していた事に付いて聞いてみる事に。


 「ええ、ちゃんと食べたわよ。ホクホクのミートパイ美味しかったわ」


 おっとりとした表情で答えるカナリア。


 「……」


 それを聞いたライトは、悲し気な表情で顔を横に逸らす。


 カナリアが言っているミートパイとは、ライトが八歳の時、母の日にライトが作ってあげた料理の事。しかも、当時と同じセリフだった。


 認知症は現在の記憶に蓋をし、過去の保持していた記憶を呼び起こしてしまうが、ライトからすれば最愛の母親の宿(しゅく)()を改めされ続ける日々は悲嘆なものだった。


 カナリアの目に映るライトの姿は八歳の頃のままだった。

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