9章 闇の綻び 2話
「……ヒーロー教官……ライト・ヴァイス……。――ヴァン・ヴァイスの息子か⁉」
何かに思案していたノアルは、ふと思いついたかのように驚愕する。
「そうだ。あの侠客不動、ヴァン・ヴァイスの息子がライト・ヴァイスだ。彼は父親と同じように世界を救済しようとしている。またヒーロー教官と言う人物も同じ思想だ。ちなみにライト・ヴァイス君は君と同じ不遇の身だ。もしかしたら意想外な親密の中になるかもね」
「ふん、俺がそいつと意気投合してお前らを裏切るとでも?」
シャルナの優美な説明に、ノアルは気に食わないと言わんばかりに、シャルナを睨みつける。
「まさか。ただの世間話程度さ。今の言葉は聞き流すなり心の隅にでも留めて置けばいい。僕は君達が叛意するとは思っていないよ。君の復讐心は本物だ。だからこそ信頼に値する」
「……クソが」
シャルナの心根かは分からないが、ろくな見解が思いつかないノアルは不機嫌な面持ちで唾を地面に吐き捨て、そのまま廃工場を去っていった。
「我々も行きますか?」
「そうだね」
ブランが何気なくそう言うと、シャルナも平然として答える。
そして、廃工場の二階に向かうシャルナ達。
「それにしても、今更ですが、奴らと共闘して有名人を殺す事に意味なんてあるんですかね? これって不為じゃないですか?」
シャルナの後を後続していくブランが不満を口にする。
「そう言わないで上げなよ。彼らと協力関係でいる意味を君だって理解しているはずだ。彼らは憂さ晴らしを、僕達は世界の変革を見届ける。これぞWin―Winの関係だ」
シャルナは温厚な表情で語る。
「それはもちろん分かってますよ。ただ無聊な世界を一変させる事こそが、私やシャルナさんの願望。だからこそ、世界の有名人を殺し続ける目的を持つ奴らとの取引に応じた。有名人を殺し続ける、と言うのがシャルナさんに取っては魅力的な話だったんですものね」
ブランも落ち着いた様子で喋る。
「まあね。何せ彼らリーゼンキルのメンバーは少子化問題で起きた言わば被害者だ。どれだけ子供の人数を増員しようとも、今いるその子供達が、虐めや両親からの虐待、挙句には貧困生活で日常を腐乱としてしまった子供達。成れの果てとも言っていい。そんな彼らがテロリストとして世界を変革させたいと言うのなら喜んで幇助するのが僕達大人の役目だ」
シャルナが二階に上がる頃には淡々と言い終えていた。
パレットステージの床をカツカツとした音で進んで行くシャルナ達。
「幇助ねえ。いっその事、シャルナさんがあいつらを籠絡すれば良いんじゃないですか? その方がわざわざノアルのガキにが粋らせないで済みますし。おまけに有名人を殺し続けて存在意義を示せると思っているなんて滑稽すぎて付き合いきれなくなりそうですよ」
ブランは長く続く肩こりに悩まされてるかのように、口にする。
「子供の意思を尊重するのもまた大人の役目だ。彼らもまた、彼らなりの方針や論理がある。もちろん、その責任を負う悲壮な姿を見届ける事も含め、大人の役目だ」
優雅に喋るシャルナは、最後には冷気を帯びた目で語る。
どう聞いても、リーゼンキルは利用されている。
だが、リーゼンキルのトップであるノアルは、この事に関しては無頓着だった。
まさか、連座した中の人間に、別の企てがある事など、夢にも思わない。
それに、ノアル自身、いつシャルナ達が自分達に背き仇名す存在となっても、力と物量で制圧出来る、と言う確信があった。
だが、実際はどうなのだろうか? と言うのが現状なのは間違いない。
いや、もしかしたらシャルナ達の戦力が圧倒的に勝っていても不思議ではないのかもしれない。
「幇助が聞いて呆れますね。フフフッ。まあ悪党に嘘を付くのは慣れっこですが、むしろ清々しく思えてきましたよ」
「悪い大人だ」
シャルナとブランはクスクスと笑う。
そして二人は扉を開け部屋の中に入っていく。
一方、事情聴取を終えたライトはヒーロー教官とスウェーズ地区の巡回をしていた。
「それにしてもお驚きました。ヒーローが障害年金を貰って生活していたなんて」
ライトは雑談がてら、先程リゼロ局長の言っていた事や、バイク窃盗事件の時に警察官に手渡した障害者手帳の事を思い出し、そこに純粋な興味を持ちヒーロー教官に聞いてみた。
「この前も言ったろ。私とて人の子だ。人並の病に罹る事もある」
ヒーロー教官は顎を摩りながら渋々とした面持ちで喋る。
その言葉を聞いたライトはヒーロー教官の身を案じたと同時に、不謹慎ではあるが少し安堵した。
憧れの人が自分と同じスタンスだと言う事が少しばかり誇らし気に思えた。
「なるほど。それで厚かましいようで申し訳ありませんが、ヒーローの障害年金は何級で受給してるんですか?」
ヒーロー教官の待遇が気になり、好奇心に駆られ思わず聞いてしまうライト。
「……一級だ」
「えっ! 一級⁉」
ヒーロー教官の神妙な面持ちで語る驚愕の真実に飛び跳ねる程驚いたライト。
まさかのまさかである。




