8章 大差 11話
そして、バーの横のダイニングチェアの椅子に移動し、向かい合って座るライトとミリイ。
「失礼するよ」
「ええ、どうぞ」
キャンディーは、タルヴォ達に一声かけると、レイジックが応答する。
先程ライトが座っていた椅子にキャンディーが座ると、ヒーロー教官が満面の笑顔でそそくさとした足取りでキャンディーの横に座る。
小学生レベルの求愛表現。
だが、キャンディーは凛々しい表情でホットケーキを口にしていく。
向かいに居る、レイジック達も黙々とホットケーキを食べていく。
まるで相手にされていないヒーロー教官だったが、キャンディーの横に座れてご満悦の表情で十分に喜んでいた。
「で、どうなのライト君? 学校は楽しい?」
ミリイがありきたりな質問をしながらホットケーキを頬張る。
「うん。美味しい」
ミリイは呑気にホットケーキの甘美の味に絶賛していた。
だが、向かいで座って笑顔でホットケーキを頬張るミリイと違い、ライトはどこか憂鬱の表情をしていた。
ありきたりな質問でも、ライトに取っては難問とも言えた。
ホットケーキを見つめながら、変わり映えしない悍ましい過去が脳裏を過る。
しかし、前のように酷く塞ぎ込むような表情にはならず、少し思案する程度で答えられた。
「正直に言うと面白いとは言えませんが、最近、知り会えた女の人が出来て、それだけでこれからの学校生活に花が添えられそうな気はしてきました」
相手に憐憫な目を向けられないように、社交的な言葉を交わすライト。
だが、半分以上は本音である。
ライトもヒーロー教官以外にも打ち解けられる相手が増えればいいのだが。
「それって! もしかして! ムフフフ。そっかそっかあ。ライト君も中々隅に置けないね」
ミリイは興奮すると、ライトを弄るように笑う。
「あ、いえ、少し語弊がありますが、とにかく、何とかやって行けそうです」
自分が弄られている意図に気付いたライトは、あたふたしながら少しでも恋バナから話を逸らそうとした。
「分かった。なら今の話は私の中にだけ閉まっておくね」
ミリイは無邪気な笑みでライトの気持ちを汲んだ。
「ライト君は何か夢とかある?」
ミリイの月並みの質問。
昔なら夢と呼べるものは一つも無かったが、今なら胸を張って言える。
「はい。一人でも多くの人を笑顔にし、母に幸せになって欲しい。それが僕の夢です」
ライトの純粋な瞳。
その言葉に迷いも憂いも無い。
ミリイはおっとりした表情でライトの言葉を聞いていた。
「うわあー。偉いなあー。私とは月と鼈だよー」
ライトの話を聞いて間もなくして、椅子に凭れながら、身体と両腕を仰け反るように伸ばしながら、脱帽したような言葉をのびのびとした声音で口にするミリイ。
それを聞いたライトは動揺する。
「そんな事はありません。既にミリイさんは僕が憧れる仕事に就いています。掴めるはずの無い夢を追う僕なんかに比べれば、ミリイさんの方が立派な人生を歩んでいらっしゃいますよ」
ライトは真摯な面持ちで答える。
すると、ミリイは仰け反っていた上体を瞬時に戻し、身を乗り出すようにライトの顔に顰めっ面で近付く。
「私は一言も自分が鼈なんて言ってないよ。誰が月で鼈か語ろうじゃないか」
ムスッとした表情で、片田舎の頑固親父みたいな突っ張った口調のミリイ。
「……あ、すいません。僕の早とちりでした」
ミリイの威圧感に気圧されたライトは引きつった表情でたじたじとなってしまった。
すると、ミリイが意地悪っこい笑みになる。
「冗談じょうだん。やっぱりライト君は私なんかよりも凄いよ」
ミリイはどこか寂し気な表情になると、ライトは何の事か分からず眉を顰める。
「どういう事です? 光を照らす(ライトイルミネイト)のメンバーの一人になられたのですから、誇るべきものだと思いますが」
「実わね、私本当は幼稚園の先生になりたかったの」
ミリイが遠い目を窓の外に向ける。
「それもまた素晴らしい夢ですね」
ライトは感心して思いの言葉をそのまま口にする。
「ありがとう。でもね、両親が病に罹って働けなくなったから、夢を追うよりも現実的に仕事に就ける道を選ぶしかなかった。援助が無くなるからね。実際私なんか、狙撃や対人戦に偏りがあったから、刑事か軍人のどちらかにしたの」
ミリイは想い残しでもあるような面持ちでライトに吐露する。
「……そう、だったんですか」
ライトは言葉が上手く出て来なく、暗い面持ちで少し俯く。




