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7章 孤高の定め 3話

 ルメオンが何かを言いかけ、息を吸い込んだその時。


 「本当にすみませんでした! 一カ月前の不祥事は僕に全て非がありました。必ず償います!」


 ライトはありったけの誠意を込め、深々とお辞儀し、謝罪した。


 レイベとその取り巻き達も意外な表情をしていた。


 他の生徒達も同様だった。


 しかし、ルメオンだけが心の中で並々ならぬ怒りが沸々と込み上がる。


 「ヌウッ!」


 等々、火薬に着火したかのように、爆発する怒りをライトにぶつけるルメオン。


 頭を下げているライトの顔を、下から上に抉るように拳で振りぬく。


 アッパーカットを食らったライトは、自分が食べていた丸いテーブルに背中から倒れ落ちる。


 ガシャン!


 丸いテーブルは倒れ、皿の破片やライト達が食べていた食べ物が四散する。


 「きゃっ!」


 エレアは驚き悲鳴を上げる。


 「――貴方達、ライトは謝ったじゃない! 殴る必要がどこにあったのよ!」


 エレアは一瞬、思考が止まったが、すぐにルメオン達を(しっ)()する。


 「黙れ! 俺はこいつのせいで全治三カ月の怪我を負わされただけでなく、今度の野球の試合を棄権する事になったんだぞ! スカウト担当者が視察に来る年に一度あるかないかの機会を奪われたんだ!」


 唾を飛ばすぐらい激怒していたルメオン。


 ルメオンは本気でプロになるために日夜練習に取り組んでいた。


 血の滲むような練習を積み重ねてきたのは事実だった。


 「ふん、誰にも思いやれない身勝手な夢が叶えられなくなったぐらいじゃ、あんたなんかに同情なんて出来ないわ。むしろ、今回の事を(じく)()するべきよ。だってそうでしょ。他人を日頃から虐めて叶えようとする夢なんて、はなっから腐ってるわ」


 エレアは、まるで幼稚な子供を見下すような表情で、冷たい口調でルメオンにそう言う。


 ルメオンは逆上しているかのように、眉間に皺を寄せる。


 エレアはそんなルメオンを鼻で笑うと、鼻を抑え四つん這いになっているライトの元へ向かう。


 「大丈夫ライト⁉」


 エレアは逼迫した表情でライトの顔を伺う。


 「ああ、大丈夫だよ」


 顔を上げたライトは鼻血を出しながら辛い面持ちでそう答える。


 「これで拭いて」


 エレアは慌ててポケットからハンカチを取り出し、ライトの鼻を軽く拭くと、ライトの片手を掴み、ハンカチで鼻を抑えるように促す。


 すると。


 「あんた達! 何やってんだい!」


 ズカズカとした足取りでライト達の間を割って入って来たのは、先程まで厨房にいた中年の女性。


 鋭い目付きでライトとレイベ達を交互に見る。


 「すいません。お騒がせして。実はライト君が一カ月前、ここにいるルメオンを殴った償いをしたい、と言う事だったので、ルメオンとライト君の合意の元で、一発殴らせるという案が成立し、先程実行したのです。この場をお借りしたのもここにいる生徒の皆さんに証人になって欲しく、断じてこの食堂に迷惑を掛けたい、と言う他意はありません。本当にすいません」


 レイベが別人のように紳士的な態度で、中年の女性に弁解し謝罪をした。


 (ちん)(せい)したかのように、ルメオンの表情からは殺意が消えた。


 中年の女性は納得したかのように、不愛想な表情でコクコクと頷く。


 しかし、この中で誰よりも、レイベの言葉に憤りを感じていたのはエレアだった。


 「あんた、よくそんな事がいけしゃあしゃあと言えるわね。合意ですって⁉ ふざけんじゃないわよ! こいつが一方的にライトを殴っただけじゃない!」


 エレアはレイベに眉間に皺を寄せながら睨みつけ、ルメオンを鋭く指さす。


 ルメオンはふてぶてしい態度でそっぽを向いていた。


 腸が煮えくり返るような思いでエレアはライトを庇う。


 そこで、中年の女性は、一体誰が真実を口にしているのか、その判断材料として周囲に居る生徒達を見渡す。


 すると。


 「レイベ達は悪くないよ」


 「そうだ。確かに合意の元で殴った」


 「ええ。私もそう聞いたわ」


 周囲で見届けていた生徒達全員が意気投合し、レイベ達を庇っていた。


 明らかな嘘。


 本当に善良な国民の一人であるならば、こんなふざけた虚言はしない。


 仮に善良な一市民でなくとも、ここまで非人道的な思想であっていいものなのだろうか?


 否。


 あってはならないはずだ。


 誰しも(いびつ)な羅針盤の針が向けられた時、心痛し、不快に思わない人間はいない。


 それを自分自身に置き換える事を放棄し、今、誰よりも心を痛めているライトを冷笑し、悪だと心で指さす生徒達。


 そして、そんな(ゆが)んだ票を集めたレイベは、これが正義だ、と言わんばかりに満足気な表情で両腕を広げ、高らかと勝利宣言をする。


 エレアは絶望したかのような表情で口を半開きにしていた。


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