1章 悲惨な日常 5話
「うおおぉぉ!」
そこでリビアムは意を決して椅子を両手で上に掲げて持つとライトの後頭部に向け全力で振り下ろした。
ドゴ!
教室に強く響き渡る鈍い音、一連の全ての現場を目の当たりにしていた生徒達は壁際にまで離れ息を呑み恐怖していた。
椅子で殴られたライトは思考が停止したかのように呆然と突っ立っていた。
正気を取り戻した事に気付いたライトは、力が抜け落ちたかのように噛んでいたルメオンの指を離した。
「ああああぁ、いてえよおぉ!」
ライトの前で座り身を屈め噛まれた指の手首を押さえつけて慟哭するルメオン。
レイベの取り巻きの一人が、リュックからタオルを取り出すと負傷したルメオンの指を巻く。
ライトの口元からもルメオンの指を噛んだ時の血がベッタリと付着していた。
ライトを引き離すのに関わった全員が肩から息を切らしていた。
当然、リビアムもだ。
まるで恐怖心に立ち向かった勇猛だと主張しているかのような佇まい。
我を取り戻したライトは悲しみに浸っていた訳ではない。未だに心の淵には怒りと不満がこびり付いていた。
「急いで保健室に行くんだ!」
慌てながらもリビアムの出す指示にレイベの取り巻き達二人はルメオンの身体をそっと起こすと、保健室にフラフラとした足取りで向かって行く。
「貴様、とんでもない事をしてくれたな」
剣幕を突き立てるようにしながら呆然と立っているライトの肩を掴み振り向かせるリビアム。
しかし、ライトもリビアムに向け鋭い眼差しを向ける。
「よくそんな事が言えるな! 俺がさっきまで奴らにされた仕打ちを知りもしねえで!」
ライトは完全に別人となっていた。その睨みつけるライトの表情にリビアムも憤りを感じていた。
「よく見てみろ。奴らに吹き矢で刺された矢を。それに俺の後頭部には奴らが投げ付けてきたビー玉で血が出てるだろうが!」
ライトは後ろを振り向き背中に刺さっている小矢と後頭部から滲み出ている血をリビアムに見せつける。
するとリビアムは馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに鼻で笑う。
「そんなもの貴様の自作自演だ。後頭部の血は私が正当防衛のため振るった勇士の傷跡。その矢も貴様の近くに転がっているビー玉も予め貴様が用意していた物だ。暴力を正当化させるための既成事実の主張だ」
まるで聞く耳を持たないリビアムにライトは更に激怒し、リビアムの胸ぐらを掴んだ。
「これ以上騒ぎを起こすなら警察を呼ぶ。貴様はこの先、隔離された闇夜の住民となるだろう」
ライトの言動に意を返さずリビアムは冷たい声でそう言う。
ライトは身体を震わせながら怒りを必死に押さえつける。
すると、脳裏にカナリアの笑顔が浮かんできた。
今この場で更に騒ぎを起こせば、カナリアの面倒は誰が見るのか、と自問自答するライト。
そう考えていく内に現状を変えられない自分が惨めに思えてきだしたライトは俯き涙腺に涙を溜める。
そんなライトを蔑視し掴まれていた手を振り払うリビアム。
「とにかく昼休み生徒指導室に来い。そこで貴様の処分を言い渡す」
冷たい言葉でリビアムがそう吐き捨てるように言うと、俯き嗚咽を漏らしているライトに教室の掃除をするように命令する。
そこでレイベがリビアムの前に歩み寄りだした。
「すいませんリビアム先生。自分が彼の心に寄り添い配慮する気持ちがあれば、こんな事態にはならなかったかもしれません」
心を痛めたかのような表情でそう語るレイベ。
「何を言っている。君が気に病む事ではない。成績優秀で我が高が誇る野球界最高のエース。それに人望も厚く君の父上は有名な実業家だ。経済に多額な寄付をし、この世界に貢献している。そんな鳳雛である君を咎める者などこの世にはいない」
誇らし気な表情で語るリビアム。
「光栄です。リビアム先生」
リビアムとレイベが笑みを浮かばせながら互いに握手を交わす。
その光景を目の当たりにしたライトは腸が煮えくり返る思いだった。
「さあ皆、教室を移動するぞ。これ以上、害虫と同じ地にいると足が腐敗する」
リビアムが威圧的な言葉を口にすると、生徒全員は鞄やリュックに荷物を入れ、隣の空き教室に向かって行く。
去り際にはライトを蔑視するように一瞥する生徒達だった。