6章 急変と、ようやくの出会い 4話
ライトはその様子を怖々としながら、カナリアと一定の距離を保つ。
迂闊に近付けなかった。
「――お、お願い! 私にこれ以上乱暴しないで! 息子が待ってるの!」
明らかに、ジェイルを自分の息子と認識していない様子のカナリア。
怯え切りながら悲鳴でも上げているかのような態度だった。
「……僕だよ。母さん。息子のライト・ヴァイスだ」
ライトは動揺しながらも、出来るだけ平常心でゆったりとした声で、カナリアを説得する。
しかし、カナリアは……。
「知らないわ! 私の息子なんて知らない! お願いだからほっておいて!」
支離滅裂な言動。
その場で泣きじゃくるカナリア。
ライトはショックのあまり、声が出てこなかった。
口を開けたまま、思考がクリアとなり、ただ、ただ、目の前が真っ白になっていく。
「――はあっ! はあっっ!」
そこで、ライトはパニックが限界を超え、動悸が激しくなっていき、過呼吸になってしまう。
呼吸が乱れ、視界も定まらない。
何もかもが、ぐちゃぐちゃになるようなイメージしか湧いてこないライト。
そんなライトなど見向きもしないで、カナリアは顔を両膝で隠しながら泣き続けている。
そして、ライトは動悸が収まらないまま、その場で意識を失い、床で俯せて倒れてしまった。
夜の十九時。
ライトは再びスウェーズ市立総合病院に運ばれていた。
個室のベットで横になっていたライト。
カナリアの悲鳴にただ事ではない、と思った隣の部屋の住民が、ライトの部屋の様子を見に行き、その現場を目撃した住民が救急車を呼んで事なきを得たのだ。
そして、何の前触れも無く、ライトが目を開ける。
「……こ、ここは」
天井をぼんやりと見つめるライト。
そして、無意識に顔を個室のドア側の横に向ける。
「起きたかね」
すると、横になっているライトの横で椅子に座っていたのは、なんとキャンディー所長とその横に立っていたガディアだった。
「きゃ、キャンディーさんにガディアさん! どうして!」
思わぬ人物と対面し、思わず上体を起こすライト。
「ライト君。落ち着いて。ここはスウェーズ市立総合病院で、私達は君の見舞いに来たんだ」
ガディアは物腰良く喋り、ライトを落ち着かせる。
目を大きく開き、徐々に俯いていくライト。
そして、母であるカナリアの顔が脳裏を過る。
「僕の母さんは?」
キャンディー達なら事情を知っている、と思ったライトは、恐る恐る聞いてみた。
「大丈夫だ。命に別状はない。ただ、君のお母さんの症状だが、パニック障害と診断されたらしい。今はこの病院で入院し、眠っている」
冷静に喋るキャンディー。
ライトは心に穴が開いたかのように悄然としてしまう。
カナリアの症状の悪化は覚悟していたとはいえ、やはり受け入れる許容範囲を超えたかのように、ショックと悲しい水が、心の壺から溢れるような思いだった。
耐えきれなかった。
だからライトはパニック発作を起こした。
その必然から逃れられる事など誰が出来たか。
「本当にすまない。我々が安易に、障害者である君をボッチーマンに起用し、あのような悲劇に見舞わせてしまった。その不運が君の母上にも影響を及ぼしたのかもしれない。重ね重ね非礼を詫びさせて欲しい」
誠意の籠った謝罪の言葉の後に、キャンディーは立ち上がると、深々と頭を下げ、横に居るガディアも身を引き締めた表情で同じく頭を下げる。
「……いえ、ボッチーマンに入ったのは僕の意思です。それに母の病状の悪化は予想していましたし、覚悟もしていました。キャンディーさんやガディアさんが頭を下げる事ではありません。どうか、顔を上げて下さい」
ライトはどこか消沈したような表情ではあったが、その言葉に嘘偽りはなかった。
キャンディーとガディアはゆっくりと頭を上げ、ライトの情の深さに感謝した。
「ありがとう」
「いえ。ところで、僕の母は、どの病室に居るんですか?」
ライトは気に掛かるような表情でカナリアの身を案じていた。
「三階の二〇三号室に居る。けど、今は合わない方がいい。過去にセクハラを受けた記憶と、どの男性とも重ね合わせてしまい、男性を見ただけでパニックになる。今は鎮静剤を打って安静にし、必要な薬も服用させていくつもりだ、と医師がそう言っていた、面会は記憶の混濁が収まるまでの辛抱だ」
ガディアが冷静にそう説明すると、ライトは納得し、「……そう、ですか」と俯きながらそう言う。
納得したと言っても、やはり事実を受け入れるにはあまりにもライトはまだ幼い。
未成熟とも言っていいだろう。
キャンディーとガディアもライトの気持ちに寄り添えば寄り添う程、共感してしまい、心が締め付けられそうになってしまう。




