6章 急変と、ようやくの出会い 3話
「どうもこうもあるか。事情聴取を終えて真っ直ぐここまで来たんだ。私もこの後、診察の時間だからな」
「えっ! まさか、あの事件の時、どこか怪我でもなさったんですか⁉」
ヒーロー教官の言葉に驚いたライトはヒーロー教官の身体を隅々まで見る。
左右前後隈なく。
「そうじゃない! そうじゃない! 私も宿痾の身と言う事だ。宿痾と言っても命に別状はないから安心しろ」
鬱陶しがるようにライトを引き離すと、軽く事情を説明するヒーロー教官。
「――そうですか」
嘘を付いている様子もなかったので、ライトは胸を撫で下ろす。
「それとだ、タマゴ。お前は停学明けまでボッチーマンの活動は休業だ。まずは療養する事を優先しろ」
その言葉を聞いたライトは深く落ち込んだ様子になる。
「僕は自分の力を過信していたのかもしれません。もっと最善の方法があったかもしれないのに」
ボッチーマンがライトを労ってくれていると言うのはライト自身、自覚があったが、やはりあの偽の爆弾が取り付けられていたプラカードを身に付けていた女性や、一般市民を誰一人救えなかった事に後悔して止まないライト。
そんなライトを見て、渋い表情になるヒーロー教官。
「いいかタマゴ。お前は最善を尽くした。力に溺れていたなら、あの場で私がお前の尻をひっぱたいてやったわ。あの悲劇は誰にも変えられなかった運命だ。まずはその事実を受け入れ、そのツケをあの憎ったらしい怪傑人共に返してやればいい。お前のヒーローとしての意思の赴くままに。それが答えになり、結果に繋がるはずだ。挫折するにはまだ早い」
ヒーロー教官はライトを鼓舞させながらも慰めの言葉をかける。
親身が伝わる優しさに、ライトは思わず泣きそうになってしまう。
「はい。絶対に挫けません」
ライトもヒーロー教官の情のある思いに応えよう、と真っすぐな瞳で返事をする。
消沈とした印象を一切感じさせないライトの瞳に安心したヒーロー教官は、フッ、と笑う
「それとすいません。ヒーロー教官にだけ、先に事情聴取をさせてしまい、僕だけが配慮させれ」
何かを思い出したかのような素振りで、申し訳なさそうに言うライト。
「そんな事気にするな。それにキャンディーちゃんも言っていただろ。『心を培っていく事を優先しろ』と。精神面をサポートするのも大人の役目だ。その分はちゃんと返せよ。私の利子はデカいがな」
ヒーロー教官はけろりとした態度だった。
「……ありがとうございます」
ライトは自分が恵まれている事を実感したかのように、自然と暖かい表情になる。
「さて、私も昼飯とするか。お前は早く帰って母ちゃんに無事な顔を見せてやれ」
ヒーロー教官は両手を合わせ擦りながら、券売機を眺めると、ライトに顔を向け、自宅に帰るよう急かす。
「はい。ではヒーロー教官、お大事に」
ライトは深々とお辞儀をし、食堂を後にした。
そして、軒並みの住宅街を歩いて行く最中、ライトは改めて、ヒーローとは何か? と熟考する。
「……ヒーロー」
熟考するあまり、思わずそう口ずさむライト。
そして、特に自分の中で答えが出ないまま、自宅へと帰省したライト。
「ただいま」
ライトが玄関で挨拶をしても、返事は帰ってこない。
いつもの事ではあるが、やはり帰宅するたびにカナリアの安否が気になってしょうがないライトは急いで靴を脱ぎ、早歩きでリビングへ向かう。
しかし、何故かいつも以上に危惧してならないライトは、いつの間にか額から冷や汗をかいていた。
静寂とした家の中も、まるで嵐の前の静けさを感じてしまう程。
リビングを見て見ると、床の下でカナリアが横向きで蹲るようにして寝ていた。
「母さん!」
いつも布団の中以外で眠っていると気が気でないライトは、すぐに慌てながらカナリアの安否を確認する。
すると、カナリアの鼻から寝息が聞こえてきたライトは安堵する。
せめて布団の中で寝かせよう、とカナリアを両手で抱えカナリアの部屋へと向かっていくライト。
「……あら」
ふとカナリアが目を開け、ぼんやりとした目をライトに向けてきた。
揺れる振動で起きたようだ。
「おはよう。母さん」
ライトはにっこりとした暖かい目を向ける。
「――! いや、いやっ!」
いつもなら、「おかえり、ライトちゃん」と言うカナリアだったが。突如、急変したかのように、拒絶反応のような態度で、ライトを押しのけようとする。
「ま、待ってくれ母さん! どうしたんだよ⁉」
ライトはカナリアの急変した態度に、どうしていいか分からず狼狽してしまう。
そして、ライトの両手から押しのけ、カナリアはお尻から床に落ちると、すぐさま四つん這いで、よたよたと歩き自分の部屋の片隅に逃げていく。
片隅で蹲り、身体を震わせるカナリア。
一体何が……。




