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6章 急変と、ようやくの出会い 1話

 正午、十二時三十分。


 ライトはスウェーズ市立総合病院で治療を受け終わった後だった。


 何人もの患者が居る受付前の座席に腰つき、微かな消毒臭が鼻をかすめながら、あの悲劇の現場での出来事が脳裏から離れないライト。


 ライトは両膝に両肘を付けながら両手を組み俯いていた。


 その姿勢のまま既に三十分が経過していた。


 辺りで咳をする人や、病院に行くのを嫌っていた子供が泣く声などがするが、ライトの耳には入ってこなかった。


 今にでも心が張り裂けそうな程、(しょう)(すい)しきっていたライト。


 その表情は虚無を思わせる。


 「やあ、ライト君」


 そこへ、一人の若い医師が優しくライトに声をかける。


 「……ワグナ……先生」


 ライトは聞き覚えのある声にようやく反応し、無表情のままワグナと言う医師に顔を向ける。


 その医師はテレビなどで見掛ける、人気ナンバーワンの大統領候補の一人、ワグナ・サーキュリーだった。


 ちなみにワグナはライトを受け持っている精神科医でもある。


 「……ライト君。一緒に食事でもしないか? 何か食べて、少しでも精を付けよう。身体は資本だ。労わってあげないと」


 ワグナは魂の抜けきったようなライトを見て憂慮したような表情でそう声をかける


 「……いりません」


 ライトは再び俯き、あの救えなかった女性や虐殺された時の被害者達のビジョンが鮮明に脳裏を過っていく。


 ワグナも俯き、どう声をかけてやればいいのか、と思案する。


 「君の辛さは私には計り知れないものだろう。だが、そんな私でも人を支えることが出来る。私はそんな心の病に囚われた人を助けたいと思い、精神科医になったんだ。どうか君を救わせてくれないか?」


 ワグナはライトと同じ目線になるため、片膝を床に付け、真剣な眼差しでそう言う。


 ライトは涙が枯れたような儚げな目でワグナに目線を向けると、「……はい」と小声で答えた。


 その言葉を聞いたワグナは優しく微笑むと、ライトの肩を軽く二度叩く。


 そして、ようやく腰を上げたライトは大分落ち着いた様子になった。


 思考回路が繋がったかのように、先程、耳に入ってこなかった患者の人達の雑談や子供の泣き声などが聞こえるようになった。


 「見て。ワグナ先生よ」


 「ほんと、いつ見てもカッコいいわね。流石人気ナンバーワンの大統領候補ね」


 近くに居た患者の人達が声を押さえながら興奮気味にはしゃいでいた。


 すると、唱和するかのように他の患者達も「ワグナ先生だ」「ワグナ先生よ」と声を押さえながらどよめく。


 病院と言う事を理解してくれていた患者達も自重してくれたため、騒動とまではいかなかった。


 ワグナは受付前を横切って行く際に患者達に向けニッコリ笑みを浮かべながら軽く頭を下げる。


 そんなワグナの後を悄然した様子で着いて行くライト。


 周りの声など気にしている余裕は無かった。


 あの泣きついてきた女性の声が、今でも耳の奥底まで届いてくるのを感じるライト。


 そうこうしている内に食堂に着いた。


 十二時三十分と言う事もあり、それなりに人が居た。


 「何が食べたいライト君? 私が奢るよ」


 横に居るライトに暖かい笑みを向けるワグナ。


 「……ありがとうございます。じゃあ、ツナエッグサンドでお願いします」


 元気があるとは言えないが、せっかくのご厚意を無下に出来なかったライトは食堂で売られているメニューの中で一番安い食べ物を選んだ。


 「……分かった。ライト君がそれで良いなら喜んで買わせてもらうよ」


 本当にそんな安いメニューで良いのかい? と聞こうと(ちゅう)(ちょ)したワグナは今はライトの自由にさせよう、と判断し、快く承諾した。


 すると、ワグナは「ライト君。先に席を取っといてくれるかい」とライトに一声かけると、券売機で食券を買いに行く。


 座って食事をしている人達を横切りながら、右の奥の席に着くライト。


 ワグナも食券を買い終え、すぐに近くにあるカウンターに居る女性の店員に渡す。


 その店員は、赤面させながらワグナに握手を求めると、ワグナは喜んでその女性の店員と握手をした。


 そして、女性の店員は自分の職務を思い出したかのように慌てると、カウンターの奥に走っていき、すぐにワグナの元に戻って来た。


 その女性の店員の両手にはラップで包まれたツナエッグサンドがあった。


 ツナエッグサンドをワグナに渡した女性の店員は深々とお辞儀をすると、ワグナは笑みを浮かべながら「ありがとう」と口にする。


 ツナエッグサンドを持ってライトの所に向かってくるワグナに、他の食事をしている女性の看護師達が羨望の眼差しを向ける。


 「相変わらずカッコいいわね。ワグナ先生」


 「()()くは大統領だものね。彼女とかいるのかしら?」


 うっとりした面持ちで食べる事すらも忘れている女性看護師達。


 気にする事なくワグナはライトの反対側の席に座り、向かい合う。


 「さあ、食べようライト君」


 ラップに包まれたツナエッグサンドをライトの前のテーブルに置くワグナ。


 分厚い三角色のパンに浅まれたボリュームたっぷりのマヨネーズと塩コショウで味を付けたスクランブルエッグとツナ。隠し味に溶かしたバターも練り込まれている。


 ツナエッグサンドを見つめながら、やはり、あの悲惨な現場が頭から離れないライトは、心ここにあらず、と言った様子だった。


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