4章 開かれた劇場 14話
商店街での事件が終焉した、十時四十分頃。
三階建てのビルの屋上からその様子を望遠鏡で傍観していた一人の若い男。
鼻が高く、ワックスを塗った髪をオールバックにしたインテリア風。
その男がスマートフォンで一本の電話を掛け始める
「ああ、もしもし。商店街の茶番は終わりましたよ。あんな事のために演じると言うのも厄日な気がしてなりませんがね」
その淡々と話す男は先程、ヒーロー教官に電話をしていた主だった。
名はブラン・マッケージ。
「君の視点ではあれは茶番だったかな? 僕なりに十分な火器とプランを用意したつもりだったんだけどね」
ブランの皮肉のような言葉にも真摯に答える男。
その声だけで人を虜にするような美声だった。
「これは失礼しました。でもあれを見ていて驚かせられたのが、あの婆さんを死に物狂いで守っていた二人。どう考えても人間の運動能力のスペックを逸脱する程でしたよ」
丁寧に謝罪するブランはライト達の身体能力に付いて意表を突かれていた事を明らかにする。
「それはこちらでも確認したよ。話に聞く壮大な都市の恩恵によるものらしい」
どこからか傍観していた美声の男が特に驚く事なく、淡々と話す。
「ご覧になってたんですか?」
「ああ。あの現場のすぐ近くの喫茶店でね。どの客も奇声を上げて脱兎の如く逃げていったよ。防弾ガラスだと言う事に気付きもしなかったのは滑稽だったけどね」
クスクスと笑う美声の男は、まるで観客気分でライト達の死闘を傍観していたのだった。
「流石ですね。リラックスしながら椅子にもたれ掛かり優雅にお茶をしていたのが目に浮かびますよ。それより本当に壮大な都市なんてもんが存在し、異能のような力を与えるなんて、半信半疑でしたが、あれを見たら納得せざるを得ませんね」
ブランは微笑しながら美声の男を称賛すると、壮大な都市が目を見張るものだ、と評価していた。
「その事に付いては保留にしよう。あれは哲学や理論には該当しない逸失な物だ」
「ですね。それで他に感想はないんですか? シャルナさん」
美声の男の名は。シャルナ・ヴァースキー。
ブランはシャルナの見解がどのような物か気になっていた。
「あれは僕に取ってデモンストレーションのような物だったんだけどね。彼らには刺激が強かったらしい。でもあれを見て確信したよ。やはり人間だとね」
落ち着いた様子でライト達を分析していたシャルナはどこか冷めたようでもあった。
そこでブランはフッ、と鼻で笑う。
「私も似た感想ですよ」
「そうかい。それにしても君には僕が居るせいで、今まで退屈させてしまったかな?」
シャルナは話を切り替え、今までの怪傑人としての活動が、無聊な物だったか、と聞いてきた。
「いえいえ。無能な警察達を手の平で踊らせるのは私の新たな嗜好にもなりましたよ。ですがここまで一方的なゲームだと、流石に飽きてきたと言うのもありますが」
ブランは太陽に微笑みかけるように能天気にそう語る。
「ああ、分かってるよ。だからこそ、あれを確かめるためには、僕達の情報をある程度提供するしかなかった。退屈しのぎも兼ねてね」
今回の騒動は間違いなく怪傑人による犯行だが、今までのように一切の証拠を残さず、完全犯罪と言えるものではなかった。
シャルナ達が証拠を残してまで知りたかった事実とは……。
「まあ、その事に付いては直接会って話しませんか? あのリーゼンキルと言う組織のガキ達を黙らせる方が骨が折れる気がしますしね」
気だるそうに言うブラン。
「黙らせるなんて人聞きが悪いよ。彼らとは対等であり、僕からは強制する気はない。ただ、子供は玩具を手にするとはしゃがずにはいられない。さっきの騒動だって、僕は殺してくれとは一言も言ってないからね」
シャルナは優美な口調でそう言う。
「まあ、あいつらは火器と言う凶器を手にした時点で触発されたんですからね。「今なら誰でも殺せる」と言う優越感に浸りながら。結局の所、シャルナさんがそう仕向けたんじゃないんですか? だからあんな事言ったんでしょ?」
薄笑いするブランにシャルナは鼻で笑う。
「やれやれ、君が僕にどう言う印象を持ってるのやら」
「まあ、後で落ち合いましょう。ではいつもの場所で」
「ああ」
二人は普段と変わらない日常の会話でもしているかのようにして、電話を終えた。
風に紛れたサイレンの音を耳にしながら街並みを歩いていた、空色の髪の男がスマートフォンをポケットにしまう。
美しく整った顔立ちに白い肌。
その男、シャルナは先程の事件現場に向かうパトカーを目で追いながら遠い背後で打ち萎れるライト達を視界に捉える。
「さて、幕が上がったこれからの君の活躍は、僕にどんな刺激を与えてくれるのか。楽しみだよ。……ライト・ヴァイス君」
甘く繊細な声でそう呟くシャルナ。
そのベージュの瞳の奥に隠されたシャルナの狙いとは……。
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4章「開かれた劇場」はここで終わります。
引き続き執筆していきますので、是非ご一読して見て下さい。




