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1章 悲惨な日常 3話

 ここまでのライトを客観的に見た第三者なら何か事情があると推測するはずだが、誰も彼を知ろうともしなければ、ましてや気に留める者など、この教室にはいない。


 ライトにとって息が詰まるような空気の中、リビアムは鼻高々と授業の説明をしていく。


 「このようにヘラクレスは、何世紀にもわたる活躍によって十二の功業と呼ばれる数々の偉業を成し遂げてきた。九頭の怪物ヒドラの討伐、アマゾン女王ヒッポリタの腰帯の入手、三つの頭を持つ地獄の番犬ケルベロスの捕獲、ネメアの獅子の殺害など、我々凡人ではどれも不可能な歴史を彼はこの世に刻んできた」


 教壇から生徒を見回し説明するリビアムの教えをしっかりノートに書いていくライト。


 そこでリビアムがライトに冷ややかな目を向ける。


 「だが、どれだけ英雄が世界の(へい)(がい)を取り払おうとも、悪を(せん)(めつ)させる根本的な解決にはならない。ハッキリ言ってしまえば彼らの行為は全て自己満足だ。その証拠に、我々の近くには先人達が除去しきれなかった愚民がいる」


 リビアムの冷たい説明を聞き終えた生徒全員がライトに蔑視の目を向ける。


 ライトは今のリビアムの説明を震えながらノートに書いていった。自分が罵倒されている事にも気付きながら、今にでも泣きそうな辛そうな表情で。


 そうこうしている内にリビアムが授業を開始してから二十分が経過していた時だった。


 ライトの後ろの席にいるレイベの周りにいる取り巻きの一人である、ルメオン・ボーデビッヒと言う男が何やら不穏な動作をしていた。


 青い髪で肌は白く眉毛が濃く、平顔の男。


 ルメオンはノートの一枚を破りクシャクシャにして丸めると、ライトの後頭部に向け投げ付けてきた。

 後頭部に当たったライトは微動だにせず、落ちた紙くずを拾い直ぐに机の中に入れる。


 そこで黒板に授業の内容を書いていたリビアムが不意にライトに視線を向ける。


 リビアムは常にライトを監視し、少しでも授業を妨げる異変が起きれば叱責や罵倒を浴びせる。


 ライトはそれが分かっていたからこそ、自分の近くに落ちていた紙くずを隠した。


 紙くずがライトの周りに落ちていただけでもリビアムはそれを授業の妨害だとして非難する。あまりにもの過剰な反応。ライトの挙動不審は許されない。


 ライトは些細な問題を作らないために常に気を配らなければならない状態だった。


 しかし、それはライトが正常な時での場合でもあった。


 すると二分も経たずにルメオンは筒状の細長い物をリュックから無造作に取り出した。


 リビアムが黒板の方に向いている隙を突いて筒の先端をライトに向け吹き出した。


 その吹き出した物は(いお)()だった。


 ライトは背中に(いお)()が刺さった痛みに思わず呻き声を上げる。


 「どれだけ私の、授業を妨害すれば気が済むんだ。害虫」


 リビアムはライトに振り向き冷たい声で罵る。


 「……すいません」


 ライトはリビアムに向け(きょう)()する思いで静かな声量で謝罪した。


 鼻息を吐き捨てるリビアムは授業を再開する。


 それを後ろから傍観していたレイベと取り巻きのルメオン達はリビアムに気付かれない程度にライトを嘲笑う、


 しかし、ライトには微かに聞こえてくる笑い声に奥歯を食いしばって耐えていた。


 そして、徐々にライトの感情の波は、怒りや憎しみの籠った波濤を起こし始めていた事に誰も気付いてはいなかった。


 ライトは既にペンを止め、ただ、俯いていた。


 だが、ライトの目に映る物は、黒く歪で禍々しく蠢く人体像。脳裏で描写されるそれらは、今まで我慢していたライトのストレスと、ある病が結ばれかける前兆でもあった。


 そして、ついにその時がやってきた。


 唐突に荒ぶる感情の波が一瞬にして地平線に届く勢いで凍り付いた。ライトは最後の防衛線でも敷いたかのように、怒りの波濤を凍らせたのだ。これ以上、制御出来なくなる前に、と。


 しかし、それは言い換えれば我慢の一歩手前。


 脳裏は全てが白紙(クリア)になり、切っ掛けを待っていた。ライトの火蓋を切る何者かの手を。

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