4章 開かれた劇場 10話
怒りと理性の狭間で、苦闘の表情を浮かばせるヒーロー教官。
「言うまでもないが、その婆さんに掛けたプラカードも爆弾も外すなよ。――さあ、ゲーム開始だ」
悪魔のような凍えた声で、電話の主の一方的な開始宣言と共に電話は切れた。
「くそっ!」
ヒーロー教官は悔しそうな表情で、ガラケー携帯をポケットにしまうと、ライトの方に顔を向ける。
互いに張り詰めた表情で向かい合うライトとヒーロー教官。
「いいかタマゴ、何があってもこの人から離れるな」
その言葉を聞いたライトはすぐに察した。
六十代の女性が爆破されない条件を……。
そしてライトが察した、その刹那。
――バン!
近くで一発の銃声が鳴った。
その音と共に、建物の上や、樹木の上で羽を休ませていた小鳥たちがバサッ、と翼を羽ばたかせ一斉に蒼穹へ飛翔する。
その音の方向にギョっとした目を向けるライトとヒーロー教官。
「きゃあああっ!」
発砲音の直後、何人もの悲鳴が聞こえた先。そこは先程、商店街にまで避難していた一般人達。
商店街の店の入り口のすぐ近くで、覆面を被った何者かが銃を手にし、一般人の一人を射殺した。
すると、すぐさま近くで幾つもの発砲音が鳴る。
いつの間にか二十人以上の覆面を被った者達が、銃を乱射し、一般人を次々と射殺していく。
覆面達は別々の色をした長めのジャケットを着ていた。
使っている銃は形状や連射速度からしてサブマシンガンを使っている。
気付いて逃げようにも、突然の恐怖に駆られた何人かの人達は、足が竦み逃げる事が出来ず、悲鳴を上げたまま射殺されていく。
何人かは逃げるため走りだしていたが、覆面達の精密な射撃に捉えられ射殺されてしまう。
逃げられない人達を撃ち、その障害が無くなった後に逃げ惑う人達を撃っていく。
まるで、人間ドミノ倒しのような光景。
ただの買い物客さえも手に掛けていく覆面達。
その虐殺行為が商店街の前後の道で起きていた。
商店街の前で、その光景を目にしたライトは、何とかしなければ、と言う衝動に駆られ飛び出そうとした。
「駄目だタマゴ!」
ヒーロー教官は語気を強め、ライトを止める。
我に返ったライトは、悔しそうな表情で、その騒動を見る事しか出来なかった。
腹の奥底から湧き上がる焦燥感と、止めてくれ、と訴える悲しき思い。
「やめろー!」
心の内で爆発したライトの怒りと悲しみ。
しかし、ライトの言葉は覆面達には届かない。
銃声でかき消すかのように、覆面達は一般人達に向け撃ち続ける。
覆面で表情は分からずとも、無慈悲で残虐な人相が嫌でも目に浮かぶ。
十三秒後には、商店街周辺が、死体の山となっていた。
その数は五十を超えていた。
大量虐殺を目の当たりにしたライトは、唇を噛みしめながら怒りで震えていた。
ヒーロー教官も、六十代の女性の肩を支えながら、ライトと同じ思いだった。
大量虐殺を終えた覆面達は、百メートル先に居るライト達を視界に捉えた。
目に見えない殺意が、ライトとヒーロー教官の肌にまで伝わってくるのを感じる。
そして、覆面達は銃口を向けてきた途端。
「ヒーロー! その女性と一緒に僕の傍から離れないでください!」
「ふん、一丁前に吠えおって」
ライトの必死な懇願に、小馬鹿にするような口調のヒーロー教官だったがどことなく嬉しそうな表情をしていた。
ヒーロー教官は六十代の女性の肩を掴み、ライトの後ろに隠れる。
そして、覆面達はライト達に向け発砲を開始する。
六十代の女性はこの世の終わりのような壮絶な悲鳴を上げていた。
火線の銃弾がライトの眼前にまで差し掛かってきた。
ライトは両手をフリーにし、意識を集中させる。
銃弾がライトに当たる寸前に、その弾は消えた。
次々と当たるはずの銃弾は、何も残さず次々と消えていく。
異常な事が起きている事を実感した覆面達は一度撃つのを止め、顔を前に近付けライトを凝視する。
すると、炯眼の眼差しをしていたライトは、いつの間にか握りしめていた手を覆面達に見せつけるように離すと、そこからパラパラと弾が落ちてきた。
驚いた覆面達は互いに顔を見合わせていた。
ライトは、自分に当たる銃弾を一つ残さず、音速を超えるスピードで掴み取っていたのだ。
すると、覆面の一人が前へ出ろ、と言う合図を送ると、乱雑な隊列で前進しながら発砲を再開した。
その銃弾を真っ向から掴み取り続けていくライト。
華麗でありながら大胆な動き。
目を見張る間も無く、覆面達は撃ち続ける。
すると、別の所から発砲音が鳴った直後、その銃弾は後ろに居たヒーロー教官の頬を掠った。
なんと、ライト達の背後、道路沿いから覆面達の増援が駆けつけてきた。
その数は十人余り。
近くには黒のワゴン車が二台止めてあり、扉が開きっぱなしだった。
どうやら、事前にワゴン車を道路に留め、待機していたらしい。




