4章 開かれた劇場 9話
そんな警戒するヒーロー教官の事など気にも留めず、電話の主は気分良く喋り続ける。
「それとだ、俺はその婆さんの子供でもなければ、暴行犯でもない。強いて言うなら、その暴行犯達を指揮していた現場監督みたいなものだ」
「ふん。犯行を指示した時点でお前は教唆犯だ。――必ず私が更正させてやる」
語気に威圧感を込め、ヒーロー教官は電話の主に凄みを利かせる。
だが、電話の主は、揶揄するかのように鼻で笑う。
「まあそう粋がるなよ。これからその婆さんが、爆破されない方法を教えてやろうとしてるんだから」
電話の主の愉快に喋る言葉から、爆破と言う二文字に、流石に驚きを隠せないヒーロー教官。
ヒーロー教官の驚き方から見て、異常事態な事に気付いたライト。
本当に爆弾が仕掛けられているのか、確認するため、慎重に六十代女性の風采を確認するヒーロー教官。
訝しく張り詰めた表情でガラケー携帯を耳に当てたまま、六十代女性の全体を見てから、頭から足まで念入りに確認する。
すると、後ろの斜め横から見ていると、プラカードの隙間から、何やら赤く点滅する色を確認した。
「……失礼」
ヒーロー教官は六十代女性に断りを入れるが、女性は泣いておどおどした様子だった。
一方的で申し訳ない気持ちでありながら、そのプラカードを少し捲ると、その裏には爆弾が仕掛けられていた。
長方形で、粘土でも詰め込んだ感じの質量と色合い。
そこから、赤、青、黄色の配線が液晶パネルにまで繋がっていた。
形状から見て、プラスチック爆弾の可能性が高い、と判断したヒーロー教官。
同じく覗いてみたライトも爆弾がある事に気付き、思わず息を呑む。
時限式の爆弾か、と思ったヒーロー教官だったが、カウントが一のまま赤く点滅している事に、嫌な予感がした。
「ちなみに、そのプラスチック爆弾は時限式だ。カウントの一で止めてはいるが、俺が手にしているボタンを一度でも押せば、カウントは再開される。……この意味が分かるだろ?」
冷たく重い言葉で、今度は電話の主がヒーロー教官を威圧してくる。
電話の主が手にしているボタンを押せば一秒後に爆発する。
当然、六十代女性から爆弾を外し、逃げる事など一秒で出来るはずがない。
ましてや、爆弾の解体など、ライトはもちろん、ヒーロー教官にも出来ない。
迂闊な動きをすれば、現場をどこかで見ているであろう電話の主の独断と偏見で、ボタンを押す可能性も十分にある。
六十代女性に近付いた時点で、既にライトとヒーロー教官は、蜘蛛の糸に搦め取られていたのだ。
ヒーロー教官は、現状、電話の主の話に乗るしか手段がなく、心が締め付けられるような表情で、「どうすればいい?」と口にした。
「なあに、ルールは単純だ。何が起きても、その婆さんから離れなければいい。な、簡単だろ?」
電話の主は、他人事のようにそう話す。
握るガラケー携帯にも自然と力が籠ってしまう程、何も打つ手が無い自身の不甲斐なさと、憤りに駆られるヒーロー教官。
「ああ、それともう一つルールもある」
「――何だ一体?」
「絶対に手を出すな。それがルールだ」
電話の主の意味深な言葉。
「どういう意味だ?」
「何があっても攻撃するなって意味だ」
理解が追い付かないヒーロー教官は驚き、困惑しそうになるが、最低限、理性を保たなければ電話の主の思う壺だ、と思い、踏みとどまる。
「じゃあ、そろそろゲームを始めようか」
ニヤけた表情が伝わりやすいような、電話の主の高揚感のある声。
「いいか。これだけは自覚しておけ。――今のお前は悪党だと言う事を」
ヒーロー教官は少しでも対抗し、罪を自覚させるため、電話の主に怒りをぶつける。
だが、電話の主はくだらないと言わんばかりに、微笑する。
「そんな事は百も承知だ。だがあんたもこれだけは覚えておけ。俺たち悪党ってのは、人を殺してなんぼ、だって事をな……」
電話の主は、当然、詫びを入れる事もなければ、反省する様子もなく、ただ、ただ、当たり前の事かのように淡々と話す。
どことなく、自分に酔いしれている声音ではあったが、それも悪党に取っては日常として消化しているのだろう。
理解できるはずのない、悪党の価値観と概念。
ヒーロー教官は、これから人が殺される、と言う懸念が脳裏で渦巻く。




