4章 開かれた劇場 8話
説得に成功したライトは安堵のため息を吐く。
「それにしても、怪傑人の騒動以外、目立った事件はないですよね? そう考えると、こう言った庶民的な場所はむしろ安全な気がしますけど」
イグレシア国では二年前の怪傑人による、有名人の連続殺人事件以外、目立った事件が起きていない事に対し、今の現状に安心感を持つライト。
豪勢な生活を送る有名人が、庶民の生活の一等地見たいな場所に足を運ぶ事など無いのは確かだ。
すると、ヒーロー教官が呆れたようなため息を吐く。
「呑気な奴だな。お前はあの事件と言うか、ニュースを知らんのか?」
「えっと、僕の家にテレビやスマートフォンは一年と半年程前から無く、外の情報を知る機会がないものですから」
ライトは申し訳なさそうにそう言う。
二年前に被害に遭った怪傑人による爆弾で、ヴァンを失い、その遺族であるライトだからこそ、怪傑人による有名人連続殺人事件は印象深く脳に焼き続けていた。
だが、それ以外の情報はシャットアウトされたかのように、知る術が無かったライト。
友達との情報共有や、テレビや新聞、インターネットもない環境下で一年と半年程前から生きていたライトに取っては致し方ない事だった。
「そうか、それなら仕方ないな。まあ、その事件に関しては今度話してやる」
ヒーロー教官は、ライトの現状を思い出し、気に病むようにしながら察した言葉を掛ける。
更に気を利かせるように、ヒーロー教官は憂鬱気味のライトの気持ちを少しでも晴らしてあげよう、と別の興味を持たせようとした。
「見てみろタマゴ。あそこにお婆さんが居るだろ? 如何にも不自然じゃないか」
もう、目と鼻の先の商店街の前で、六十代ぐらいの女性が、上半身ぐらいの大きさのプラカードを首から掛け、右往左往するような不審な動作をしていた。
「ええ、そうですね。ん? 何かプラカードに書かれてますね。……「助けて、このままじゃ殺される」んっ! ヒーロー!」
視力が格段に良くなったライトの目に映るプラカードの文字に、ライトは息をするのも忘れるぐらい驚愕すると、すぐにヒーロー教官を強く呼び掛ける。
「ああ!」
ヒーロー教官もただ事ではない、と直感し、ライトの言葉にすぐに頷き、語気を強めて返事をすると、二人はその女性の元に急いで駆けつける。
「どうしました⁉」
ライトは逼迫した表情で女性に声をかける。
よく女性の顔を見てみると、垂れ目や乾いた口元以外、青黒い痣の後が無数に付いていた。
「――た、助けて! 私このままじゃ殺されるのよ!」
縋りつくように、悲痛な声で、ライトのシャツを握りしめてくる女性。
その女性の違和感を初めから知っていたかのように、周囲の一般人は、商店街の建物の近くまで避難し、ひそひそ、と話していたり、スマートフォンでその様子を撮影したりしていた。
そんな周囲を睥睨するヒーロー教官。
「――どいつもこいつも、我が身大事か」
その声は怒りで打ち震えていた。
「とにかく、警察と救急車を呼びましょう!」
「ああ、そうだな」
ライトの対応にヒーロー教官は、迷う事無く頷くと、スマートフォンを取り出し、警察を呼ぼうとした、その時。
ピピピッ! ピピピッ!
女性のすぐ近くから着信音が聞こえてきた。
ライトとヒーロー教官は互いに顔を見合わせ、アイコンタクトで、先に女性のポケットから鳴っていると思われる物を処理すべきだ、と交わし合うかのような目を向け合う。
その鋭い目が途切れる事無く、ヒーロー教官が泣きじゃくる女性のポケットに手を入れる。
そこから取り出されたのは、グレー色のガラケー携帯だった。
ヒーロー教官は訝しい目でその電話に出ると「もしもし」と口にする。
「あー。釣れた釣れた。まさかこんな偽善者だらけの町に、そんな不審な婆さんに近付く間抜けが居るなんてね」
電話の主は陽気でそう喋り出す。
不気味な明るさで、声からして男のようだ。
どこか感情が籠っているようで、そう感じない妙な感覚。
「お前はこの人の息子か? 暴行犯か? どちらにしてもその声からして、ろくでもない奴だろうがな」
ヒーロー教官は嫌味や皮肉を混ぜ、落ち着いた様子で対応していた。
「おいおい、人を見かけで判断するなとは言うが、声で判断するなんてとんでもないおっさんだな」
おっさんと言われた事に対し、周囲を睨みつけるように確認するヒーロー教官。
どこかで見られているのか、それとも電話の主は、単に声だけでそう判断しているのか分からないが、それでも周囲を警戒せざる負えない。




