4章 開かれた劇場 7話
すると、ポケットの中に入れていたスマートフォンから着信音が鳴り出した。
ライトとヒーロー教官は互いに着信音が鳴っているポケットからスマートフォンを取り出し画面を見る。
それは、一通のメールだった。
宛先はボッチーマンからで、メールを開いてみると、「ワンマンショーの後、休憩を終えたら、スウェーズ周辺の巡回をして下さい」と言う内容だった。
どうやら監視カメラで映っていた二人を、ボッチーマンのオフィスで見ていたキャンディー所長達がタイミングを見計らって、メールを送ってきてくれたようだ。
ライトもその事に気付くと、近くにある監視カメラに気付いた。
「よしタマゴ。十分後に巡回するぞ。それまではあそこの自販機の前で小休憩だ」
「はい。分かりました」
ヒーロー教官の申し出に二つ返事で返すライト。
噴水がある広場の正面。そこの十字路の国道の近くにある歩道で飲料水が売ってある自販機に向かう二人。
ヒーロー教官は軽い足取りで向かって行く。
百円玉が入っていた事にかなりご満悦のようだ。
「それにしてもボランティア活動のはずなのに、チップを貰うと思うと少し気が引けますね」
自販機に着く頃にライトは、少し違和感がある事を口にする。
「何を言っている。ボランティアで何であれ、労働なのには変わりない。そこに見返りを求めるのは普通の事だ。あれでも最低限の臨時報酬みたいな物なんだぞ」
ライトを分からせよう、としたヒーロー教官。
ライトは、何となくだが納得しコクコクと頷く。
そして、自販機の前で先程貰った百円玉を取り出すヒーロー教官。
「それにしても誰が百円玉を入れてくれたんですかね?」
素朴な疑問に首を傾げるライトに、ヒーロー教官は呆れたような表情を向けてきた。
「そんなの、あのちっこいレディーに決まっているだろ。まあ、子供とは言え百円玉は貴重な物だ。それだけ、あの劇に心躍り沸騰するような感動を知ったんだ。そんな事もお前は気付かんのか」
ヒーロー教官は今回手に入れた帽子と百円玉を両手で持つとライトに見せつける。
物凄く自慢気な表情にライトは、終わり良ければ全て良し、と思い微笑む。
そして、あの幼女に深く感謝したライトだった。
「今回は私が奢ってやる。千載一遇レベルにない機会だと思っておけよ」
ウキウキ気分でそう語るヒーロー教官。
流石にそこまでの比喩的表現だと吝嗇な人間に思えるが、敢えて口にしなかったライト。
すると、飲み物を買うため、ヒーロー教官が自販機に振り向いた、正にそのタイミングで二羽の烏がライトの背後を横切る。
更に前で、後を向いているヒーロー教官が両手に掲げているように持つ百円玉と帽子を、口先で小石を摘まむような感覚で銜え、奪って行った。
「なに!」
身体をビクンと跳ねらせ驚いたヒーロー教官の真上を優雅に飛翔していく二羽の烏。
驚きすぎて呆然とその二羽の烏に目を向けるライトとヒーロー教官。
ゲーム店にある建物の屋上で「アホー! アホー!」と勝利の悪口を周囲に響かせる。
「――このクソカラス! 今すぐ私の物を返せ! 串焼きにするぞ!」
慟哭する思いを怒りに変えるヒーロー教官だったが、その声は虚しく響き渡るだけだった。
ライトは口を真一文字にし、どう声をかけていいのか分からなく、渋い顔で烏の方に目を向け沈黙したままだった。
周囲で行き交う人達も、何事かと思いヒーロー教官の方にギョっとした目を向けるが、すぐに烏に物を取られた事に気付くと、普段通りの日常に戻っていた。
どうやら、自分の身に危険がない事だと分かれば見て見ぬふりをすると言う感じのようだ。
「……よし、タマゴ。小休憩は終わりだ。巡回するぞ」
悲しい一時が過ぎると、休憩する意味を失くしたかのように悄然とした様子で気持ちを切り替えようとするヒーロー教官。
「……はい」
ライトは気まずい思いで返事をする。
こうして、ヒーロー教官が手に入れた? 帽子と百円玉は時を待たずして烏に奪われたのだった。
少し歩道を進んで行くと、商店街が見えてきた。
ライトの横に居るヒーロー教官は不機嫌な面持ちだった。
「あれは仕方ありませんよ。烏だって生きるために必死なんですし、自然の摂理だと思って大目に見てあげて下さいよ」
「あの烏たちが生きるのに帽子と百円玉は必要か? どう考えても私利私欲のために奪ったに決まっている」
宥めようとするライトだったが、逆効果になり、増々不機嫌になるヒーロー教官。
「こうなったら今すぐにでも悪党や子悪党を見つけ出し、徹底的にボコボ、いや、更生してやらねば」
指をパキパキ鳴らし、厳つい表情になるヒーロー教官。
どっちが、私利私欲なんだか……
ライトはどうしたらいいものか? と悩んでいた。
「あー、そのう、ヒーロー。ボランティアであれヒーロー活動であれ、奉仕活動何ですから、困っている人を助けると言う事を前提で行動した方が、ボッチーマンに貢献できると思いますよ」
ライトは言葉を慎重に選ぶようにして、怒りに駆られるヒーロー教官を扇動しようと試みる。
ライトはヒーロー教官に、キャンディー所長に良い所を見せた方が得策だ、と言う事を迂遠にして伝える。
「……ふむ、それもそうだな。キャンディーちゃんも人々の笑顔が三度の飯より好きなはずだしな」
ライトの説得に、にしし、とした悪巧みを考えているかのような厭らしい笑みになるヒーロー教官だった。




