4章 開かれた劇場 4話
「そして、ローシュはトンキを威嚇しながらこう言いました。『俺の女を孕ました罪はお前の断末魔で補ってもらおうか。死ぬまでな!』その緊迫した状況でルマンサは『お願いトンキ! 私の一生が欲しいなら、あの野蛮な毛むくじゃらな男を殺して!』とまさかの懇願に動揺するトンキ。ローシュはルマンサの元夫でもあり、ルマンサに執着するストーカーでした」
ヒーロー教官は野獣になりきったり、美麗で麗しく思えるような素振りでお願いポーズを取る。
「トンキは理解が追い付かないまま、ただ、ただ、ルマンサを妻にしたい、と言う本能に身を任せ、ローシュとの一騎打ちを受けました。互いが気迫に満ちた形相で決闘していきますが、ローシュの一方的な打撃に滅多打ちされるトンキだったのです」
そこで、ヒーロー教官は、トンキになりきり、色んな変顔になりながら拳を何度も叩き込まれる役に徹する。
「万事休すか、と思ったその後ろでルマンサがお腹を押さえ激痛に耐えていました。悲痛に満ちた表情で『うっ、うぅおぉえぇ』とまるで嘔吐しそうな様子でした」
お腹と口元を抑え、身体をピクピクと震わせ血走らせるような目で激痛に耐える役をするヒーロー教官。
「そんなルマンサの異変に気付く事なく、獰猛な表情で拳のラッシュを続けるローシュ。そして、次の瞬間、ルマンサは『ギャアアァー!』とムンクのような表情で断末魔の叫びを上げると、ルマンサのお腹が裂開し壮大な血飛沫をまき散らしました。そこでトンキとローシュは何事か、と思いルマンサを凝視するのです」
いちいち役になりきり、声を出すライトの心境は言うまでもなくルマンサの断末魔に匹敵する程の悲鳴を上げていた。
ヒーロー教官は、怪獣が暴れ回るような激しい動作でその場面を表現する。
「その血飛沫と共に、一匹の? 小さい影がルマンサの裂けたお腹から現れました。その大地に立つ異様な圧迫感は、いつの間にかトンキとローシュに視認できない恐怖を与えていたのです。この時点でルマンサは絶命しました」
何故かヒーロー教官は身体を丸め、もぞもぞとした動きで異様な表現をしようとしていた。
「そして、その影が徐々に現象し始めました。それは余りにも、生物とは異なる姿。ライオンの牙と爪、グリズリーの体毛、大蛇の尾、鹿の角、ミノバトの虹色の羽の色と魚の鱗が混合した虎の手足、そして、ドラゴンの羽と白鳥の羽を相違で左右に生やし、バタつかせていました『うおぉううぅ、オレっちの飯は? 血肉は? どこだあぁ? 食わせろ、粉骨残さず、――食わせろぅー!』と世にも恐ろしい、奇声を上げながら」
ライトが異なる動物の名前を言う度に、その動物を真似るヒーロー教官。第三者の視点からして言えば、ただの変人界のトップの男。
「それを目の当たりにしたトンキとローシュの間に、刹那の速度で割って入る名も無き珍種のキメラ。そして、キメラはローシュの身体を一瞬で垂直に五等分に引き裂いてしまうのです。息をする間もなく絶命したローシュを驚異的なスピードで捕食していくキメラ。その様子は弱肉強食を描いた虎狼が命を貪る絵。その背中をただ、怖気ながら全身の毛を震わせ見る事しか出来ないトンキ」
ヒーロー教官は厳つい顔で勢いよく爪を振り下ろすと、その場で胡坐をかき、飢えた人狼が肉を貪り尽くす役をすると、すぐにトンキになりきり、恐怖で青ざめた様子で尻餅をつきながら後
ろに退く。
「名も無きキメラは捕食し終えると、狂喜的な瞳を背後で怯えているトンキに向けてきました。まるで飢餓した野生生物が、生まれて初めて美食を味わえるような幸福感と欲望をむき出しにしているかのような様子でした」
踊り狂ったような目で、手の甲で涎と血を拭い取るような仕草をするヒーロー教官。
「ふふっ!」
すると、先程の幼女がどこが面白いのか分からないが、ツボったかのように口から笑い声を漏らす。
「病気的な垂涎の意思でしたが、キメラはそれに抗うかのように急に苦しみ始めました。『お、オレっちの母ちゃんは? 父ちゃんは? どこっー?』なんと名も無きキメラは両親を恋しがる、赤子となっていたのです。その様子を見て、父親としての自覚を持ち始めたトンキは勇気を振り絞り、名も無きキメラに歩み寄りだしました」




