4章 開かれた劇場 3話
そんな事は露ほど気にする感じが見受けられないヒーロー教官は、パフォーマンスをする前の準備運動をしていた。
どことなく機械的な動きでぎこちない。
「ほら始めるぞ。まずは冒頭からだ」
ヒーロー教官は気合十分と言った感じでライトを呼び掛ける。
少し離れた所で待機していたライトは、すぐ横でストリートパフォーマンスでブレイクダンスを披露している場所に一瞥すると、不安で仕方なかった。
どう考えても場違いに思えて仕方ない。
そして、ライトは台本の書かれた紙を懐から取り出し、読み上げる事に。
「それでは怠惰に暮らす皆様方、これから始まるは」
「――駄目だ駄目だ! もっと腹から声を出さんか!」
恥ずかしながら読むライトに対し、しかりつけるヒーロー教官。
ライトは真面目な顔でコクコクと頷くと、深く深呼吸をし、覚悟を決めた。
「それでは怠惰に暮らす皆様方、これから始まるは天から舞い降りし、神の創作であり神作。『トンキとネトラレ結果』の始まりはじまりー!」
ライトは紙芝居でも読んでいるかのような抑揚で語りだすと、ヒーロー教官はジェントルマンのような紳士的な一礼をする。
ライトはナレーションに徹し、ヒーロー教官がライトが口にする物語に合わせ演劇をすると言う仕組みのようだ。
始まったばかりで、まだ人は道を通り過ぎるだけであるが、果たして結果はどうなることやら……。
そして、本格的に始まりだすライト達の演劇。
「ある日、トンキと言う、一羽のオスの白鳥がいました」
ライトの声に合わせて、先程、茨公園で奇怪な動きをしていた動作で、素っ頓狂な顔で弱々しく歩くヒーロー教官。
中腰で手の甲と手の平を重ね合わせ、指先を上下に動かしている。
たまにガーガー、と言っているが、どう見ても白鳥には見えない。
ライトは少し引きつった表情で続けて喋る。
「トンキの世界では白鳥は絶滅危惧種に陥っていました。その不穏な世界を一変させるため、トンキは何とかして、子孫繁栄の道を目指すことに」
ライトの声に合わせて、ヒーロー教官は先程の動作でありながらも、悲哀に満ちた表情になる。
まるで、どこかを彷徨っているようだ。
「山を越え、海を眺め、蒼穹を飛翔するトンキ。すると、とある荘厳な山脈で、一匹の雌のドラゴンと出会ったトンキ。そのドラゴンの名はルマンサ。神秘的な翼と麗しい瞳にトンキは、種族の垣根を超える恋を覚えました」
ヒーロー教官は、潤んだ瞳のような仕草で親指を加えるポーズを取る。
話にまるで出てこないような演技に、困惑しそうになるライトだったが、何とか踏み留まり、一回咳払いすると、再び喋りだす。
「トンキはこう言いました。『僕のフィアンセになってくれ。この世界に僕達だけの楽園を築こう』すると、ルマンサはおっとりとした表情でこう言いました。『喜んで。私達の子孫の代まで、幸福と言う妖精の神秘の雫で潤わせ続けましょう』と安らぎを与えるような声音で承諾しました。ルマンサも絶滅危惧種のドラゴン族だと言う事を認識していたのです。二匹は正に運命の出会いでした」
トンキやルマンサになりきるように、感情を込めて言うライト。
トンキを演じ、ルマンサの乙女感も演じていたヒーロー教官は、突如、胸元から服を破り捨てるかのような、豪快な演技をし始めた。
この時のライトは、その先から始まる、地獄のような展開に、辟易とするような表情になる。
だが、朗読しない訳にはいかず、少し深呼吸をしてから再び喋り出す。
「そして、トンキとルマンサは、寝る間を惜しんで、……交尾に精を出しました」
恥ずかしい事を口にしていると自覚していたライトは、躊躇うように言うと、ヒーロー教官は、背後から胸を揉みしだかれる動作や、腰を打ち付けるような動作を披露する。
「きゃー!」
いつの間にか一人の七歳ぐらいの幼女が、その卑猥な光景に耐えきれず悲鳴を上げていた。
ライトは、このまま続けてしまうのは忍びなく思い、赤面してしまう。
「こらっ! タマゴ!」
ナレーションが途切れた事に、苛立つヒーロー教官はライトに、早くしろ、と催促する。
顔を振り、恥ずかしい気持ちを無理やり振り払ったライトは、気力を振り絞るような思いでナレーションを再開する。
「――順調に幸せの時と身体を重ね、順風満帆の二匹の間に新たな生命がルマンサの胎動で脈を打ち、待望までの経過を共に過ごしていました」
ヒーロー教官は愛くるしい笑みで自分のお腹を摩っていた。
それに対して、ばつが悪そうな顔のライトは、ヒーロー教官とボランティアのためだ、と割り切るようにナレーションを続けていく。
「しかし、幸せに暮らすトンキとルマンサの前に、一匹のオスのグリズリーであるローシュが唸り声を上げながら現れました」
ヒーロー教官は少し曲げた指の両手を顔の横で広げながら、厳つい表情で唸り声を上げる。




