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4章 開かれた劇場 2話

 そして、目的地である広場に着いたライトとヒーロー教官。


 開けた空間の中央に噴水があり、平日ではあるが、それなりに人が行き交っている様子だった。


 ベンチやその近くには(あお)々(あお)しい木々が広がっている。暖かい日差しもあり、正に平和そのものと言った感じの光景。


 だが、これからヒーロー教官がストリートパフォーマンスをやると言うのに、既に先客がいて、ブレイクダンスを披露していた。


 パワフルでアグレッシブ、かつ繊細なダンス。


 その精密とも言えるパフォーマンスに何十人と言う人が熱狂的なエールを送っている。


 「あのう、ヒーロー。別の所でやりませんか?」


 ライトの見解ではヒーロー教官のパフォーマンスはお世辞にもブレイクダンスをしている人達と比肩するような演技ではないと踏んでいた。


 なので、(えん)(きょく)に下手そうだからやめた方がいい、と言うしかなかった。


 申し訳なさそうに言うライトに怪訝の眼差しを向けてくるヒーロー教官。


 「あんな妙ちくりんなパフォーマンスにビビッてどうする。ほら、やるぞ」


 そう言うとヒーロー教官は何故かベンチで座っている老夫婦の所に向かって行く。


 どうしたのだろう? とヒーロー教官の行動に首を傾げるライトは、その後を着いて行く


 「やあ。調子はどうです?」


 初対面のはずの老夫婦に陰気な様相で挨拶をするヒーロー教官。


 「ああ。この景色のお陰で相も変わらず爽快だよ」


 そんなヒーロー教官に対して、親しい友人のように接してくれるお爺さん。


 気の良い人のようだ。


 「それは良かった。だが、貴方の被っている帽子は、どうやらこの景色と共に彩るのには似つかわしくないようだ」


 ヒーロー教官はお爺さんが被っているベレー帽に指を差し、険悪な表情で意味の分からない言葉を口にする。


 話の論点が掴めないライトは懸念を抱くような様子で見守る。


 「失礼ね! この人が被っている帽子は二十年前、貧困で苦しかった時にやっとの思いで私がプレゼントした物よ。この世のどの(こっ)(とう)(ひん)よりも価値があるの!」


 隣に座っている老婆がヒーロー教官に指を刺しながら激怒する。


 「ほう、そんな(いわ)く付きな物とは。なら尚更手放した方がいい」


 だが、そんな老婆の反感など気にも留めないヒーロー教官は不愛想な表情で涼しげにそう語る。


 「いい加減にしろ! 一体どう言う理屈でそんな適当な事が言えるんだ!」


 等々、頭にきたお爺さんが眉間に皺を寄せ怒鳴ってきた。


 ライトも真っ当な怒りに何も言えず、そろそろヒーロー教官を止めようか、と動揺し始める。


 「私は正論を言っているつもりだ。何故なら、貧困時に買ったと言う事は、苦渋の花粉のような負の胞子を被った帽子とも言える。そんな物を身に付け続けていたら、また貴方達に大いなる災いを(もたら)しかねない」


 ヒーロー教官は真面目な面持ちでそう言う。


 そこでライトは、疑問を抱いた。


 いくら(どう)(けい)の人物の言葉と(いえど)も、余りにも適当に聞こえる。


 だが、ヒーロー教官は一般の民衆とはかけ離れた価値観を持っているのも事実。


 そう考えると、ヒーロー教官はあの帽子に、何か見えざる()しき物を感じ取っているのかもしれない。


 念のため最後まで話を聞こう、と思ったライトは制止させず見届ける事にした。


 「……言われてみれば、そんな感じもするな」


 何か思いつめた様子で帽子を手に取ったお爺さんはそう呟く。


 「――貴方! 気は確かなの⁉ どう聞いても当て付けもいい所だわ!」


 老婆は信じられない、と言う様子で、横にいるお爺さんを強く()き止める。


 すると、何故かヒーロー教官は一瞬笑みを浮かばせる。


 それを傍観していたライトは何か嫌な予感がした。


 「だが、この人の言う事にも一理ある。この帽子は()の王冠にも思える。こんなのを被り続けていたら恐ろしい(しょう)()に侵されかねないかもしれないぞ!」


 お爺さんの熱烈な説得。


 完全にヒーロー教官の口車に乗せられたお爺さんだった。


 しかし、()()はどちらがましなのだろう。


 仮に前者だったら、お爺さんに一言いいたい。……酷いよ。


 「もういいわ! 私がどれだけ苦労して手に入れたのかなんて事を忘れた――貴方なんて!」


 老婆はその場で形相が変貌するぐらい引きつった皺で、お爺さんに強烈な平手打ちを叩き込む。


 まるで、発砲音のような響き。お爺さんがベンチからぶっ飛ばされる。


 ライトは痛そうな思いを顔に表しながら、黙って見ていた。


 その拍子で帽子がお爺さんの手から離れ、地面に悲しく落ちてしまう。


 老婆はお爺さんを気にかける様子は当然の事ながらなく、憤りながら去って行くと、お爺さんは「まっ、待っとくれ!」と涙目になりながら後を追っていく。


 その様子を見届けたヒーロー教官は満面の笑みで帽子を拾い上げ、地面に付いた砂粒を掘ろう。


 「よし。準備は整った。さあ、劇場の幕開けといくぞタマゴ」


 ヒーロー教官は意気揚々としながらライトを横切り、噴水のすぐ近くに移動する。


 ライトはため息を吐くと、老婆やお爺さんに申し訳ない気持ちになりながらヒーロー教官の後を付いて行く。


 「ヒーロー。何であんな事をしたんです? その帽子に何の意味があるんですか?」


 ライトは腑に落ちない様子でヒーロー教官にそう聞く。


 「そんなの決まっているだろ。チップを貰うにも受け皿がいる」


 すると、ヒーロー教官は泰然とした様子で先程、剥ぎ取った同然の帽子を裏返し、パフォーマンスをする少し離れた前の地面に置く。


 どうやら、パフォーマンスを観てくれるお客さんに、お金を貰おうと言う算段のようだ。


 路上ライブの演奏で評価して貰ったお客さんからお金を落として貰うのと一緒だ。


 ライトは、わざわざそのために、詐欺師のような手口であの平穏に暮らしていたお爺さんと老婆の中を引き裂いた、と思うと居た堪れない気持ちになる。

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