3章 歩み始めた光のタマゴ 9話
何としても有名人連続殺人事件を解決したい、と思っている気持ちはライトだけでなく、キャンディー達も同じ志を持った仲間だった。
この時のライトにはその仲間意識がはっきりと感じていた。
「それじゃあライト君。ここまでのセミナーを真剣に聞いたご褒美に、これを贈呈しよう」
「い、いいんですか――貰って⁉」
ガディアは笑みを浮かばせながら、懐からスマートフォンを取り出し、ライトに手渡した。
ライトは驚愕しながら恐る恐る受け取る。
「もちろんだとも。組織に入るとなると、連絡手段は必須だからね。プライベートで使っても良いけど、安全なサイトを使用してくれ。利用料金の支払いはこちらで決済しておくから、金銭面の心配はしなくていいからね」
「はい! ありがとうございます!」
感動に満ちたキラキラとした目をスマートフォンに向けるライトの前で、ガディアは如何にも通販サイトに出てきそうな陽気なお兄さんのような態度で語る。
ライトは一年と少し前までスマートフォンを持っていたが、貧困家庭になってからは解約し、今まで持っていなかった。
そこで、興奮していたライトが徐々に落ち着きを取り戻していくと、ヒーロー教官のメアドや電話番号を登録したい、と、ふと思い始め早速行動を起こす。
「あのうヒーロー。僕と……?」
はしゃぎ気味のライトは、横にいるヒーロー教官に目線を向けると、ヒーロー教官は先程、茨公園の時と同じく、奇怪な動きをしていた。
少し離れ、スペースがある程度ある場所で、両手をゆっくりとバタつかせ、首をクネクネ動かしながら顎を前に何度も突き出し、目を大きく開きながら口元に笑みを浮かばせる。
すると今度は、何の前触れも無くいきなり姿勢を伸ばし、パントマイムをやり始めた。
胸の前で手の平を広げ、如何にも誰かが押してきたようなリアクションを取る。
絶叫マシンにでも乗っているかのような顔で、身体がバランスを崩し今にも倒れてしまいそうなギリギリの所で踏み留まるヒーロー教官。
「あれは一体何をしてるんですか?」
ヒーロー教官の不可思議な動作に疑問を感じたライトは事情を知っていそうなキャンディーに聞いてみる事に。
「今日は広場でワンマンショーをする予定なんだ。と言っても正式なイベントなどではなく、ストリートパフォーマンスのようなものだ。市民に笑顔を与えてやるのもボランティア活動の一環だからな」
奇怪な動きを続けるヒーロー教官に眉一つ動かさず淡々と事情を説明するキャンディー。
どうやら今まで場の空気も読まず延々と練習に励んでいたようだ。
「あのですねヒーロー教官。新人のライト君の前で奇矯な言動は控えてください。我々の沽券にも関わるんですから」
ガディアは大きくため息を吐いて呆れた様子でそう語る。
どうやらガディアの中でヒーロー教官のパフォーマンスのクオリティーが低く思われたからこそ、手厳しい言葉になったのだろう。
すると、身体が斜めに傾いていた所を、エアーサンドバックがピンと直立したみたいに姿勢を戻すヒーロー教官。
絶叫していた顔が瞬時に素の顔に戻るのは、かなりホラーだった。
「何が奇矯だ。これから栄えある喝采を浴び、歴代のスターを退ける前代未聞のナイスガイに対して失礼だぞ」
ヒーロー教官は両手を広げ自分がどれだけ偉大な存在かとアピールしながら不機嫌な表情でガディアに反発する。
「ならそれに見合う研鑽を積んでくださいよ。この前なんてアダルトサイトから請求書が来てましたよ。如何わしいポルノサイトでも見てたんでしょ?」
じわじわとヒーロー教官に詰め寄るような言い方をするガディア。
その表情はやはり呆れている。
「お前はまだ人生ペーペーの年だから知らんだろうがな、真の覇者の牙は柔軟に出来ているものだ。従って私の人生も、善行と享楽を両立することが出来る」
自慢げに語る非常識なヒーロー教官に、身体をビクッとさせ驚いたガディアはどう言って論破してやればいいのか、と考えながらキャンディーに支援を訴えるような目を向ける。
キャンディーは諦めていたのか、何かを悟ったかのような境地で目を瞑りながら首を横に振る。
「いいかいライト君。誰かに憧れを抱くのは必然のようなものだが、その相手の心が白日のものとなったとしても、潔白な人間を選ぶんだよ」
ガディアはライトの肩をがっしり掴み、真剣な面持ちで胸の内を伝える。
「そ、その、潔白とは言いませんが、ヒーローは思いやりとユーモアのある人ですよ。尊敬に値します」
ライトは少し動揺しながらも、最後は揺らぎない心でそう語る。
そんな曇りなき眼の訴えに、ガディアは納得がいかないような様子で再びヒーロー教官に訝しい目を向ける。




