3章 歩み始めた光のタマゴ 6話
区役所の人達は、ふんぞり返った姿勢で、テーブルに止まっている虫でも見るかのような目で、「大した病状では無い」「雇用見込みがある」とそう言ってきたのだ。
「そう言えば僕の身辺調査はいつなされたのですか? ヒーローと会う前からですか?」
ライトは憂鬱な気を紛らわせるため自然に話を切り替える。
「昨日だ。ボッチーマンはヒーロー活動をする拠点だが、同時に国家公務員でもある。だからお前がヒーローになると言う事は、それ相応の素行調査や身辺調査は必要だ」
淡々と話すヒーロー教官。
どうやら、ライトとカナリアを診察した医師とも対談した事で、ライトとカナリアの病気の事も知ったのだろう。
「国家権力でもない限り、認定書付きの生活保護申請書はあり得ないと思っていましたが、まさかヒーロー活動が国家公務員とは……」
大方予想していた事だが、自分が国家に従事する、と思うと呆けてしまうライト。
「今からそんな事で尻込みしてどうする。これから先、隘路の道に敷かれた茨の上を歩くと言うのに」
ヒーロー教官はやや呆れ気味でそう言った。
「しかし、ヒーローのように偉大な人徳者が国家の仕事に携わるのは納得がいきますが、僕みたいな高校生がなれるなんて信じられません。ましてや、障害者である僕なんか……」
俯きながら自身消失したような面持ちになるライト。
「まあ、私のような寛大でユーモア溢れる英傑が国家に従事するのは必然とも言えるな」
ヒーロー教官は胸を張りニヤニヤした表情で語る。
そして更にヒーロー教官は語る。
「お前をボッチーマンのメンバーに迎えた最大の理由は壮大な都市に選ばれたからだ」
人と車が行き交う大通りを歩きながら、ヒーロー教官は、ふと聞いたことが無いワードを口にし、ライトは首を傾げる。
「壮大な都市とは何ですか?」
「聖者達が住む古の都。あの更生ルームにあった模型がそうだ。お前も既に自覚しているはずだ。更生ルームから出た後の異質な力に。その恩恵を与えたのは、壮大な都市に住む聖者達だ」
神妙な面持ちで語るヒーロー教官。
「……模型が齎してくれた力?」
それを聞いたライトは自分の異質な力と更生ルームにあった模型の事を思い出す。
更生ルームを出てからと言う事は理解していたが、何故そんな力を手にしたのか、まるで身に覚えがないライトは、あの模型がどういう物なのか考えながら歩道を歩く。
だが、どれだけ思案しても、あの模型が齎した恩恵などライトには知る由も無かった。
「まあ、今は気に病む事は無い。時が来れば教えてやる。それまでお前が生きていたらの話だがな」
「ちょ、ちょっと、縁起でもない事言わないでくださいよ」
少し不敵に微笑むヒーロー教官にあたふたするライト。
ライトはいずれ、向き合う事になる壮大な都市の存在をしっかりと胸に刻み込む。
「それと気になっていたのですが、ヒーローのその能力は、やはり壮大な都市の恩恵か何かですか?」
ここに来て、ヒーロー教官の不可思議な能力にライトは首を傾げる。
第三者から見れば異空間を作り、そこから現代と往来できる摩訶不思議な力は常識では測れない。
「まあな。私の能力はそれなりの代償を支払った物とだけ言っておこう」
何故か自慢げに語るヒーロー教官。
それもいずれ分かる日が来るのかもしれない。そう思ったライトはそれ以上は深く詮索しなかった。
「よし。ここだ」
年季の入った三階建ての雑居ビルと、その隣にある四階建ての警察署の間にある裏路地に続く狭い道の前で止まるヒーロー教官。
そしてヒーロー教官は「こっちだ」と言って裏路地の中に入っていく。
てっきり、雑居ビルの中に入るのかと思っていたライトは、少し落ち着かない様子でヒーロー教官の後に付いて行く。
雑居ビルと警察署の狭い間の道を通っていくと、八十メートル四方程の開けた場所に出た。
そこには、西洋風のアンティークの平屋があった、
何枚もの細い窓ガラスが一面に貼られ、そこからぼんやりと黄金色の光が照らされていた。
現代の情景に比べ、そこだけが世界から切り離されたファンタジーのような風景が広がっていた。
ヒーロー教官は軽い足取りでその家に向かって行くと、ライトは緊張した面持ちで後を付いてく。
オーセンティックのデザインの扉を開け、カランカラン、と心地のいいドアベルの音が鳴る。




