3章 歩み始めた光のタマゴ 5話
顔だけでなく、心も曇っていくライト。
そして、ライトはゆっくりと顔を上げる。
「あの時、見ておられたんですね。仰る通り、僕は病気を患っています。母もそうです。でもこの病が憎くてもどうしようもなくて」
この世の心理を悟ったかのような、落ち着いた様子で喋るライトだったが、自分が病に罹っ
ている事を再確認すると、沸々と遣る瀬ない思いが湧き上がってくる。
それに対し、ヒーロー教官は深いため息を吐いた。
「心の病と言うのは本来人が持つべき物ではない。どんな代償を払ってでも脱線することが出来ない、人が望まない行程を歩む事を余儀なくされてしまう魔の道筋に、お前達親子は疲弊しながら歩き続けている。古の時からあってはならない不の象徴とも言える病にな」
ヒーロー教官の真っ直ぐな目がライトに向けられていた。
ライトは自分やカナリアの近況をヒーロー教官が知っている事など気にも留めないぐらい、ヒーロー教官の思いやりの言葉に深く感謝していた。
泣きそうな思いを必死に堪えようとするライトだったが、自然と涙してしまう。
「ヒーロー教官、僕と母さんは、どうすればその道を歩まなくて済むようになりますか?」
涙声で初めて自分の病を他人の前で認め助けを求めるライト。
「言ったはずだ。代えがたい代償を払ってでも脱線できない、と。だが、その代償を共に払い寄り添う事は出来る。一人より二人、二人より三人とも言うしな。私がお前をサポートしてやろう」
真面目な表情から一変して笑顔になると、ヒーロー教官は懐から一枚の封筒を取り出した。
目を赤くさせながらそれを受け取ったライトに「開けてみろ」とヒーロー教官が優しく声をかけてくれた。
ライトは封筒の中を取り出すと、そこから一枚の白い紙が出てきた。
折りたたまれたその紙を広げてみると、そこには『生活保護申請書』と書かれていた。
それを目にしたライトは口を半開きにし、何か口にするのを躊躇うような素振りをする。
「あの、ヒーロー。申し訳にくいのですが、過去に一度これを書いて区役所に提出したんです。しかし、拒否されてしまいました」
申し訳なさそうに喋るライト。
「その右下の印刷された文字をよく見てみろ」
ヒーロー教官は何故かにやにやしていた。
ライトは右下の文字をよく見てみると、そこには『国家認定』と書かれていた。
「これは、どういう事です?」
生活保護申請書に印刷される訳もない、国家認定と書かれた文字に困惑するライト。
「その申請書は既に国が決定した物だ。今なら誰が書いても生活保護が貰えるぞ」
ウキウキ気分のヒーロー教官の言葉に、上手く言葉が出てこないライト。
「ヒーロー、でも、こんな事は前例が無いはずです。僕だけが国から手厚い庇護を受ける訳にはいきません――」
「お前の母ちゃんは重度の鬱病と若年性認知症を患っている。そしてお前は躁状態の傾向もあり自律神経失調症の病に侵されている。母親は働ける身体ではないうえ、お前はまだ学生の身。そんな家族に一体誰が扶養すると言うんだ? 母ちゃんの障害年金二級の受給では養えないだろ?」
あたふたして喋るライトにヒーロー教官は真面目な面持ちで冷静に説明し、ライトを納得させようとする。
「でも、でも!」
ライトはこの話を受け入れたいと言う気持ちがありながら、同時に後ろめたい気持ちの自分と混濁しながら、困惑していた。
「もちろん、ただでとは言わんぞ。その分お前にはヒーローとして働いてもらうからな」
ヒーロー教官はライトの肩をがっしり掴み、笑みを浮かばせながら熱い眼差しを向ける
ライトが迷いから断ち切れるような、きっかけの言葉。
「――ありがとうございます。ヒーロー!」
その熱情的な思いの言の葉に、感化されたライトの心の迷いは晴れ、涙目になりながら微笑む。
「よし! では行くぞ! これ以上キャンディーちゃんを待たせては私の童貞に関わるからな」
公衆の面前で卑猥で意味不明な発言をするヒーロー教官にライトは若干困惑しながら「は、はあ」と 同意する。そして生活保護申請書をポケットの中に入れて置いた。
ライトは意気盛んに歩き出すヒーロー教官の横に並び、目的地に向かう。
「それにしても、酷い話だな。お前の母さんが、あんな状態なのに、二級の六万四千円で二人暮らしをしろとは。だが生活保護に入れば金銭にも心にも今よりはゆとりは出るだろう。お前の家庭は母子加算され十九万円は受給されるはずだ」
「正直、生活保護を断られた時は絶望しました。母は、あの状態なのに区役所の人達に『雇用見込みがある』と言われ生活保護は受理されませんでした」
ライトは暗い面持ちで過去の記憶が脳裏を過る。




