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1章 悲惨な日常 1話

 二千二十五年、五月七日。ライトはいつものように学校に行く支度をしていた。


 「……行ってくるよ」


 グレーのデイパックを肩にかけ、学校に行く前には小さなテーブルの上に置かれている遺影に向け小声で挨拶をするライト。


 遺影に映っている写真はライトの父親であるヴァンだった。


 強面のせいで外見に恐怖する人もいたが、遺影に映っているヴァンは、にっこりと笑い、その笑顔の温もりを感じた家族だけでなく世界にも穏やかな心地にしてくれた。


 遺影に映っているヴァンに挨拶をする度に感傷に浸ってしまうライト。


 それと同時に心は灰色の靄で覆われてしまう。


 未だヴァンを失った悲しみから抜け出せないライトの心に巣食う現象色。


 そして浮かない顔のまま、すぐ近くで毛布だけ被って寝ている母親のカナリアに「……行ってくるね」と小声で挨拶をするライト。


 「……」


 しかしカナリアは寝息だけを小さく吐くだけで何の反応もしない。


 身体は痩せ細り、白髪となってしまったカナリア。


 ライトは短髪の黒髪に目元はヴァンと同じく吊り目ではあるが、どこか温厚な表情をしている。


 そんなカナリアの横に、予めライトが書いてあった朝食のメモを置いておく。


 冷蔵庫の中に薄切りにした3枚のフランスパンに、小さな角切りのバター、コップに三分の一程度の牛乳がメニューである。


 朝食と言ってもカナリアは昼過ぎまで起きない。


 だが、それはいつもの事だった。


 理由はカナリアが鬱の病にかかっている事が原因だった。


 ヴァンを失った悲しみだけでなく、辞めた職場でのパワハラや遺産を無くした後の将来の不安から来る重度のストレスと心の悲鳴。


 その積み重ねが今のカナリアの現在の様子。


 鬱病による睡眠障害のせいで過眠するカナリアは朝起きる事が出来ない。


 それを分かっていてもライトは毎日のように返事が返ってこないカナリアに必ず挨拶をし、朝食を用意する。


 しかし、ライトはカナリアがメモに気付くかどうか不安でもあった。


 そして、少し立眩みをしたライトは重い足取りで玄関に向かい、使い古された黒い()()(ぐつ)を履くと玄関の扉を開け、鍵を閉める。


 空は晴れ晴れとした晴天。


 小鳥の鳴き声が微かに聞こえてくる朝陽。


 アパート付近は舗装されず、(せん)(てい)もされていない、伸び切った枝の樹木がすぐ近くにいくつもある。アパートの窓から差し込む日差しは必ずその樹木で覆い隠される。


 五月だと言うのに気温は二十四度もある。


 ライトは憂鬱の思いで歩道を歩いて行く。


 一軒一軒、佇む住宅街の歩道。


 お世辞にも近所付き合いも良好とは言えない。


 横切る近所の人たちもライトに挨拶する事も無かった。


 それどころか、どこか冷たい眼差しをライトに向ける人が多い。


 近所の人達だけでなく、一般道路から横切る人とも目を合させないように視界を少し下げながら学校に向かって行くライト。


 時折、業務スーパーや見晴らしのいい公園、建築中のビルを横切りながら歩く事二十分。


 ライトは自分が通うワンオンス高校に辿り着いた。


 ワンオンス高校は創立五年と比較的新しい校舎。


 主に野球部がワンオンス高校に貢献しており、全国でも有名である。


 一試合で十点差をつけ勝つ事など珍しい話ではなかった。


 全国でも屈指の強豪校。


 しかし、そんな事などライトに取っては無関心な物でしかなかった。


 ライトはただ、高校を卒業して就職したいだけった。


 少しでもカナリアに人並の生活を送ってもらう、それがライトの願望。


 だが、この時のライトは自分にもう一つの夢がある事を気付きながらも、見て見ぬふりをしていた。


 高校三年生のライトはバイトが出来る年齢ではあるが、出来ない訳がある。


 そして、その訳があるからこそ、ライトは願いがあると同時に将来の自分を()()していた。


 その訳とは……。


 校舎に入ると何人かの男女の生徒が出入口で笑顔を浮かべ談笑していた。


 しかし、そこで談笑していた男女はライトの顔を見るなり、まるで非難の目を向けながら、即座に校内に入って行く。


 それを確認したライトは苦悶の表情で大きなため息を吐く。


 校内に入り、自分が受ける授業の二階の教室に向かうライト。

 

 校内は土足でワンオンス高校にはホームルームと言うのも存在しない。


 選択科目の中から、必要な単位を取り進級し卒業すると言うカリキュラムである。

 

 ライトの選択科目は生物、物理・科学、世界史、英語、美術である。


 最初にライトが受ける授業は世界史だった。


 「おはよう」


 相変わらずライトは俯きながら階段を上がっていると、ふと前から女子生徒が挨拶をしてきた。


 しかし、ライトにその声は届かなかった。


 周囲の声など聞きたくない、と言う一心がライトの身体に反映するかのように自然と周囲の音を遮音してしまう。

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