3章 歩み始めた光のタマゴ 3話
そして、目的地にたどり着いたライトは、カナリアが既に起きている、と思い、早く容態を見て安全かどうか確認したかった。
玄関の扉の前に立ち、鍵を開け扉を開き中に入る。
アパートの外の樹木の葉で光が遮られた自宅は薄暗かった。
すると、目の前の玄関の廊下でカナリアが俯せで倒れていた。
「か、母さん!」
ライトは慌てながらカナリアを仰向けにし、肩に手を回し上体を起こす。
外傷など無く、ただ深い眠りに就いているような寝顔のカナリア。
そんなカナリアに何度も懸命に声をかけるライト。
すると、カナリアがゆっくりと閉じていた瞼を開く。
「あら、ライトちゃん。そんなに慌ててどうしたの? ママ自分の部屋で寝てただけよ」
ホッとするような、優しい笑顔をライトに向けるカナリア。
それを聞いたライトはカナリアが無事である事に安堵の息を吐く。
「ごめんよ母さん。僕が大袈裟なだけだったよ」
カナリアに不安や不信感を感じて欲しくなかったライトは自分に非があった、と口にする。
認知症である事や間違いを指摘しても、状況は変わらないどころか、動揺させ、状態は悪化してしまう。
そんな配慮するライトに気付かないまま、カナリアはおっとりとした笑みを浮かばせながらやさしくライトの頭を撫でる。
ライトはカナリアの純粋な優しさに、心の底から感謝していた。
いつもの日常と殆ど変わらない。
しかし、その変わらない日常の中、ライトはある計画を立てていた。
計画と言うには少し大仰な気はするが、夜の二十一時になると、カナリアを部屋で寝かせ、ライトは静かに自宅のアパートを出る。
停学中で不必要な外出は禁じられている事を承知で。
玄関の扉の鍵を閉め、人っ子一人いない街灯で照らされている住宅街を歩いて行く。
着いた先は、河川敷だった。
ライトの計画とは、今の自分の力を知り、コントロールするためだった。
まず、土手から下り、広い芝の上でスピードをコントロールしようとした。
早歩きから始めたライトだったが、やはりその目標は苦難の道のりだった。
あまりのスピードに転倒しそうになったり、河川敷から抜け出し住宅街に突っ込みそうにもなった。
だが、何とか克服してきたライトはいつの間にか、全力で走る動作でも普通の人並のスピードに制御できるようになっていた。
ライトは肩から息をし、神経が削ぎ落されているような気持だった。
しかし、ライトのトレーニングはこれで終わりではなかった。
次に、靴と靴下を脱ぎ、河川敷の河の中央に向かう。
その中央の河の水の高さは、大体、太ももぐらいだった。
その中でライトが懸念していた事は自分の現在の腕力がどの程度のものかだった。
何も知らず、前のように感情的になり、人並の埒外の腕力で、相手を殴ってしまった時、死に至らしめるかもしれない。
そう考えると、無知なままではいられなかったため、まず己の力を知る事から始めるライト。
まずは、水面に向かい、拳を構える。
何も考えず、ただ全力で水面にぶつからないように寸止めで、その拳を叩きつけた。
すると、拳が空を切った直後、爆音のような轟音が鳴りながら、巨大な鉄球が上空から水面に叩きつけられたような破壊力が現象していた。
ライトの中央から直径一五メートルの河が吹き飛び、衝撃波と重なる河の波が四散する。更にその叩きつけられた拳の衝撃で河の下の砂利が現れる。
その破壊力を目の当たりにしたライトは驚愕していた。
このまま力を制御せず放置すれば、災害をもたらす程の脅威でしかない、と。
今日中に力を制御しよう、とライトは目を瞑り焦る気持ちを押さえつける。
河の波も穏やかになっていくと、ライトの神経も研ぎ澄まされていた。
何度も深く深呼吸をし、力を抜くイメージをする。どこまでも弛緩し、脱力していくイメージ。そして、心に乱れが無い時を狙い、もう一度、水面にぶつからないように寸止めで拳を河に叩きつける。
今度はライトの立つ位置から直径七メートルの水が吹き飛んでいく。
先程よりましになったとは言え、これでも十分な殺傷能力がある。
ライトは諦めず、懸命に制御するトレーニングを続けた。
そして、トレーニングしている最中、ヒーロー教官からの課題を意識し始めるライト。
何故、この世には正義と悪があるのか。
光は闇を嫌い、闇もまた、光を敵視する。
相思相愛とは無縁の、己が信念で魂を貪り合う明と暗。
そんな相反する物がこの世にある理由、そこから一つの答えが浮かび上がってきたライト。
それは、この世に人間がいるから、と言うシンプルな回答だった。
ライトは身に染みる程、痛感していた。他者が自分に害を成す者だと分かれば、徹底的に排除する、と言う思考がある事を。自分自身でさえもその思考を持ち合わせていた事も。
そもそも、この世界に光と闇は存在しないかもしれない。
害と害が敵対すると言うだけで、そこにどんな思惑や経緯や理念があったとしても、そこに光も闇も無いかもしれない。
あるのは、ただの競争だ。
それがどれだけ醜かろうと、胸躍る対立だろうと、競い、争うと言う点では変わりは無い。
光も闇も、己が色を消滅されないため。また、どちらも自分の色を濃くしたいための主張争い。本来その二色は同族嫌悪に近い間柄なのかもしれない。
しかし、こんな考えでは駄目だ、とライトは漠然な答えだけを心の片隅に置き、考慮する事を諦めなかった。
トレーニングをしていく内に、ライトが出した結論。それは、諦めない事だった。




