3章 歩み始めた光のタマゴ 2話
コンマ二秒程経つと、先程と同じ茨公園の前に着く。
二度目なだけあって、異空間を往来する事に慣れていたライトは平然として辺りを見回していた。
戻ってこれた事に一息つくライト。
茨公園にある時計の針は、昼の十四時十分を指していた。
「よし、タマゴ。今日はこのまま帰れ。そして明日の朝九時にスウェーズの西区にあるボッチーマンという雑居ビルに来い」
ふと、ライトの横からヒーロー教官が現れ、淡々と喋る。
「えっ、ボッチーマン?」
初めて聞く名前に首を傾げるライト。
斬新でネガティブすぎるネーミングセンスに顔をしかめる。
「何だ知らんのか。なら八時三十分にもう一度ここで落ち合うぞ。私が直接案内してやる」
ヒーロー教官は陽気にそう喋ると、ライトは納得した。
「分かりました。でも、ゴミ拾いを途中でやめるわけにはいきませんから、僕はこのまま作業を続けます」
「ノッノノノン! そんな事はせんでいい。早く帰って母ちゃんを安心させてやれ。お前が今日のボランティア活動に献身的な姿勢で取り組んでいたとキャンディーちゃんに報告しといてやる」
真摯な姿勢でそう言ったライトだったが、ヒーロー教官は大仰に驚いた顔で人差し指を振ると、リラックスした表情で語りだす。
「ありがとうございますヒーロー。今日の咎の代償は明日必ず払います。どうか見ていてください」
好青年のように目をキラキラと輝かせ、ヒーロー教官に誠意を現すライト。
「やれやれ、とんだ実直な男を弟子にしたものだ」
ヒーロー教官はやや疲れたような表情でライトに聞かれない程度の小声でぼやく。
「何か言いました?」
キョトンとした表情で首を傾げるライト。
「いや、何でもない。それともう一つ。明日までに、何故この世に正義と悪があるか考えてみろ」
急に威厳を感じさせるヒーロー教官の表情に不意を突かれたように戸惑うライト。
「え、わ、分かりました」
ライトは思考を回しながら、何なんだろう? と思いながらも答える。
「よし、ではまた明日だ」
微笑みながらライトを見送ろうとするヒーロー教官。
「はい。明日も宜しくお願いします」
ライトは深々と頭を下げ、自宅のアパートに向け歩き出した。
「あいつ、明日も母ちゃんの乳から離れられなくてまた遅刻するかもなあ」
ヒーロー教官は最後の最後まで誤解したまま、ライトの背中を心配して見ていた。
急いで帰るためライトは途中で走ろう、と駆け出した瞬間、視界が何かに奪われた。違う、正確に言うなら視界がぶれたと言っていいかもしれない。
その理由はライトの速力にあった。
ライトのスピードは一瞬にしてマッハを超えるものだった。
そのスピードのせいで、見るもの全てがぶれてしまう。
確かに全力で走ろう、と思ったライトだったが、その身体能力の性能は常軌を逸していた。
あまりの驚異的なスピードに驚いたライトは、視界をはっきりと認識できない事に焦ると、三秒程してすぐに止る。
止った先は、住宅を囲うコンクリートの擁壁の前だった。
後、数歩分でぶつかる寸前に止れたライト。
後ろを振り向いてみると、ライトが走った道は焦げていて、そこから黒い煙がプスプスと上がっていた。
あり得ない現実を目の当たりにして唖然とするライト。
これは夢か?
ライトは信じられない、とそう思いながらも辺りを見回してみると、既に家のアパートから、5キロは通り過ぎていた事に気付く。
茨公園から自宅のアパートまで徒歩で三十分は掛かる。その距離+(プラス)五キロ先の道まで一瞬にして走りぬいたのだ。
とんでもない所まで走っていた事を実感したライトは、動揺しながら自分の両手を見つめていた。
自分の身体に一体何が起きているのか? と。
とにかく、誰にもぶつからずに済んだのは不幸中の幸いだった。
その事を考えると、不思議と動揺していた気持ちが紛れていく。
次は慎重に行くため早歩きを試みてみる。
すると、今度は百キロ程のスピードが出た。
先程よりも視界は安定していた。しかし、途中で猫や下校中の小学生にぶつかりそうになったライトは、その場でジャンプした。その凄まじい跳躍力で上空、百メートルまで高く飛び上がる。
住宅やマンション、コンビニ、歩行中の人や、車など、街の風景が一望できる所まで飛び上がる。
その風景に一瞬感動したライトだったが、すぐに我に返り、どこに着地してしまうのか、と慌て始める。
着地した地点は、二階建ての一軒家のベランダ。丁度洗濯物をベランダの外で乾かしていたのか、色んな服があった。
だがそこに、ピンチハンガーにかけられた、女性の下着が目に入ったライト。
そこのベランダの窓から二十代ぐらいの女性が、俯き、だるそうにしながら入ってこようとしてきた。
窓に手を触れ、開ける寸前で、ライトはギョッとした表情になると、急いでジャンプする。
息を呑みながら、何とか下着泥棒と誤解される危機を退けたライトが次に降り立った場所は、幸いなっ事に、自宅のアパートから一キロ先の住宅街の歩道だった。
歩行者もおらず、誰にも見られていない事を確認できたライトは安堵の息を吐いた。
額から出てくる嫌な冷や汗を手の甲で拭いながら、自宅のアパートに歩いて向かうライト。




