2章 立ち上がれ、ヒーロー 4話
そして、数分後、扉から大量の蓬を両手で抱えて意気揚々として戻ってきたビン。
「何してるんだ?」
訝しい目でビンに視線を向けるライト。
「見て分からないか? 食うんだよ。天ぷらにしてな」
ビンは自慢げに語りながら大量の蓬を抱えたまま、キッチンに向かう。
それを聞いたライトは「テンプラ?」と口にし、首を傾げる。
イグレシアは西洋の国なので、東洋の国の伝統料理には疎いライト。
リズミカルな鼻歌を歌いながら、調理していくビン。
家中に香り立つ自然の甘い匂い。
その匂いを嗅いでいるライトは頭がくらくらしてきた。
お腹の音は鳴りっぱなしで、意識も朦朧とし始める。
いつの間にか、テーブルの上にもたれ掛かっていたライト。
そして、数分後。
「さあ食え!」
ビンは満面の笑みで大きな皿に、山盛りに盛られている蓬の天ぷらを持ってきた。
狐色の衣に包まれたカラッと揚がった蓬の天ぷらが、テーブルの上に置かれると、ライトは食べていいのか判断がつかなかった。
あれほど嫌っていた男の料理を今更、空腹に耐えきれなかったからと言って食べていいのか、と理性が働く。
ビンはその場で思い悩んでいるライトを見ると、ふむ、と口にし、渋い表情で何か思案していた。
理性と食欲の狭間で揺らぐライトの心にビンは。
「他人と心を通わせるには対話は必要不可欠だが、相手の厚意を受け取るのもスキンシップ、要は対話の一環だ。お前は私が知りたくないのか? 知りもしないで、何て言っといたお前がそれを拒むのか?」
薄ら笑いのビンの言いたい事は、他者の厚意を頂く事で、互いを理解し合える事が出来る、と。
ライトにはカナリアが居る。互いに厚意と愛情を分かち合ってきたからこそ、共に支えながら暮らすことが出来る。ライトはその言葉の意図はすぐに理解できた。
この更生ルームから出るには、まずビンがどういう人間かを知る必要がある。
でなければ、ライトが一方的にここから出せ、と喚き散らすだけでは事態は進展しない。
理解し合ってこそ、ようやく、人間関係を築ける事が出来る。
それに自分を理解して欲しい、と願うライト自身が、他人を拒んでは何も始まらない。まずは相手を知る事が優先なのだ。
すると、ライトは、迷わず蓬の天ぷらを手掴みで取ると、そのまま口に放り込む。
マナーや行儀などお構いなしに、狂ったように食べ続けるライト。
豊潤な自然の甘さと仄かな苦みが食欲を湧き出させる。
辺りに食べかすをまき散らしながら蓬の天ぷらが、みるみる減っていく。それを確認したビンは慌てて外に出ていき、追加の蓬を取ってくると、すぐにキッチンに向かい、揚げていく。
既に食べ終えていたライトは、大量の蓬の天ぷらだったがライトに取っては中途半端な量だったため、ただ摂食中枢を刺激しただけで、増々お腹の音はなり、空腹でどうにかなりそうだった。
蓬は薄いうえ、水で溶かした小麦粉を付ける量も少ないため、すぐに揚がる。時間は然程かからず、またもや大盛りの蓬の天ぷらがライトの前に置かれる。
迷う事無く、本能のまま口にしていくライト。
ビンは、またすぐ無くなる事を予想していたため、外に出て蓬を取ってくる。
そんな事が、三十回は繰り返され続けていた。
その間、ビンは蓬を取る最中には、腰を伸ばすなどしていた。
いつしか一面取り尽くされた蓬畑は、丸坊主となってしまう。
ライトは百人前以上の蓬の天ぷらを間食したのだった。
ビンはそんな蓬畑を見回しながら、よくここまで食ったな、と唖然としていた。
そして、ビンは僅かな蓬を手にして、キッチンに戻り、自分の分の天ぷらを揚げ始める。
先程から急いで作っていたせいか、キッチンの周りは小麦粉塗れになっている。
ライトは既に食べ終わり、テーブルの上にもたれ掛かっている。
「吐きそうか? せっかく飽和された精神と肉体がまた干からびるぞ?」
ビンは片手で小皿に乗せた蓬の天ぷらを手にし、もう片方の手でフォークとキッチンナイフを手にし、テーブルに向かって来ながら軽口を叩く。
そのまま、テーブルに座り、蓬の天ぷらの入った小皿を置き、食べようとしたその時。
ぐううぅ~。
ライトのお腹の音が鳴る。
ビンは食べかける寸前に止まり、口をあんぐりと開けていた。
「マジか? どうなってるんだ、お前の胃袋は?」
あれだけの量を食べてもライトの胃袋は満たされていなかった。
テーブル上にもたれ掛かっていたライトは、気まずそうな表情で上体を起こすと、ビンが口にしようとしている、蓬の天ぷらを凝視する。
欲しいのを必死に我慢している純粋な子供のような目で。
「……分かった! やるよ!」
半ばやけになりながらビンはそう言うと、フォークで刺している以外の蓬の天ぷらを、差し出す。




