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2章 立ち上がれ、ヒーロー 3話

 ライトの頭の中では、カナリアと隔離された事により、より一層カナリアの身を案じ、憂慮していたのだ。


 「そんなにママが恋しいのか? 図体がでかいわりに、心はそのなりみたいに小さいのか?」


 不撓のビンは、笑みを浮かばせながらライトの股間を見て小馬鹿にする。


 その言葉はまさに、ライトの怒りの業火に触れる合図(シグナル)。眉間に皺を寄せながら、盃から溢れかえる怒りをビンにぶつけるため、ビンの頬を目掛け拳を振るう。


 だが、ビンはそのライトの拳の手首を目も止まらぬ速さで掴み、ライトの片足を払うと、握っている手首を捻る。


 するとライトの身体は宙を舞い、捻られた方向にグルリと回り、背中から砂利に叩きつけられる。


 「ぐっ!」


 思わず呻き声を上げるライト。


 「少しは理解できたか? お前と私の間にある主従関係を」


 ビンは、薄ら笑いをしながら仰向けのライトの顔を覗き込む。


 「くそ!」


 ライトはすぐさま立ち上がると、()(とう)の勢いでビンに向け何度も拳を振るう。


 しかし、涼し気な表情でそれをギリギリで(かわ)し続けるビン。


 そして、振るってきた拳の横を通るように、クルリと身体を捻りながらライトの背後に回り込み、後ろを向きながらライトの後頭部を肘で突く。


 「ぐわっ!」


 今度は俯せで砂利に倒れるライト。


 先程のビンと違い、明らかに武道を嗜んでいるのが伺える。


 「若い頃は虚勢と己の価値感だけで、大抵の事は乗り切れると言うのは誤りだ。今のお前みたいに、反社会的な思想へと染め上げる」


 どこか、憐れむようなビンの言葉はライトに更なる反感を買う。


 ライトはむくりと立ち上がり、その怒りの眼差しをビンに向ける。


 「……ふざけるなよ。誰が()(この)んでこうなるか。俺の気持ちなんて知りもしねえで!」


 「……」


 喚き散らすライトを薄目で観察して見たビンは、初めてライトに並々ならぬ事情があるのか、と推測し始める。


 「よし! じゃあ食事にしよう!」


 すると、突然陽気な表情で気持ちを向上させながら、そう口にするビン。


 「はっ、何だって?」


 予想もしなかったビンの発言にポカンと口を開けながら呆然とするライト。


 そんなライトに笑みを向けながらスキップして近づいてくるビン。


 ビンの挙動に思わず引きつった顔で身を引くライト。


 「だから食事だ。お前が口からリバースした(としゃぶつ)はもう戻ってこないが、新たな生命をその身に宿し、生気を取り戻すことは出来る」


 「俺は、人間の共食いなんて目にしてもないし、吐いてもいない」


 ニヤニヤしながら先程の話を蒸し返してくるビンの言葉を、鬱陶し気にしながらも真面目に答えるライト。


 「……まさか幻覚まで見えているとはな」


 ビンは視線を斜めに向けながら、深刻な面持ちになる。


 ライトは、ビンが勘違いや妄想などで言っているわけではない、と思い始め、どう対応して良いのか分からなくなってきた。

 

 常識の枠から外れた価値観を持つビンは、更に話を進める。


 「だが安心しろ。私の言う通りにすれば、お前は正常になる。見るもの全てが、お前を虜にするはずだ」


 笑みを浮かばせながら自慢げに語るビンに対し、言っても聞かない、と判断したライトは、せめて行動で示すため、顔を引きつりながら首を横に何度も振る。


 「さあ行くぞ、名無しの()(こう)(おとこ)


 毛嫌いするライトの事などお構いなしに、ビンは陽気に微笑みながら、そう言うと、平屋に向けスキップする。フェンスゲートを開け、蓬の生えていない(あぜ)(みち)をスキップしながら進んで行く。


 ライトは、お前にだけは言われたくない、と心底そう思いながらも、()(こう)のビンの後を付いていく。


 更生ルームから出ようにも、打つ手がないライトは付いていく以外の選択肢はなかった。


 平屋に着くと、ビンはドアを開け中に入るよう手で誘導する。

 ライトは渋々とした表情で中に入ってみると、そこは何の区切りもされていない広々とした空間。目の前には木造で作られた長いテーブルと、いくつもある椅子。


 その後ろには広いキッチンがある。


 それと何故か、左の隅に妙な物があった。


 西洋の城をバックに、いくつもの家が並び立つ精巧に作られた巨大な模型(ミニチュア)


 「好きな席に座れ」


 陽気な口調でビンはそう言うと、外に出ていった。


 ライトは仕方なく、ため息を吐きながら、右側の椅子に座る。


 そして、二分後。


 「うわっ! この芋虫め! 私が聖水を出している最中にどこを噛んでいる!」


 突如、開いている扉からビンの怒鳴り声が聞こえてきた。


 「……セイスイ?」


 ライトはビンが口にした聖水の意味を分からず、首を傾げていた。


 それが、尿とも知らず。

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