1章 悲惨な日常 10話
カナリアに人並の幸せの生活を送らせたいが、今のライトにはどうする事も出来ない。
バイトをしたくても、ライトの悪評が町中に氾濫しているため、面接する前に電話した時点で断られてしまうのだ。
更にカナリアは現在、障害年金を貰っている。
障害年金にも制度があり、症状の重度によって一級、二級、三級と階級ごとに貰えるお金が決まる。
一級は八万一千円。二級は六万四千円。三級は支給されない。
カナリアは二級のため、月六万四千円しか貰えない。
ライトの家のアパートの家賃が一か月で二万五千円。それ以外にも水道光熱費や食費、日用品などで節約しても三万二千円の出費。手元に残る七千円は全てライトが通うワンオンス高校の学費に充てる。
ワンオンス高校は就学支援や奨学金と言う制度は無い。そもそもどの高校にも存在しないのだ。しかし、毎月決まった学費が払えない家庭には教育ローンで支払うことが出来る。それも変わっていて、入学にまとまった金額が振り込まれるのではなく、月々、最低五千円の金額を学校側に支払わなければならない。
年間八十四万円、三年間で計二百五十二万円分を月額払いで返済しなければならない。
高校を卒業してから3年以内には全額分を返済しなければ、卒業は白紙となり中退扱いになるシステム。一月に五千円以下のお金を一度でも支払えなければ、返済する見込みがないと判断され、同じ処遇となる。
仮に高校を卒業しても全額分の学費を払えるか、ライトは不安だった。
それと、ライトは二十歳ではないため、障害年金が支給される年ではない。
今のライトの病気を知っているのは、診察した医師のみ。
ライトは障害年金が支給されないのなら、自分の病気を他人に言うのはマイナスでしかないと判断していた。
躁状態や自律神経失調症だと知られれば、今以上に学校や近隣住民の視線は冷たくなり、言葉は酷薄したものとなるだろう。
現在の状況を打開できない自身の不甲斐なさに、辟易としていた。
そして、カナリアに少しでも症状が良くなってもらおう、と、まず栄養を付けさせることが第一だと考えていたライト。
「母さん、実は帰ってくる前に友達とビッフェに行って、たくさん食べてきたから、今お腹は空いてないんだ」
ライトは嘘を付き、カナリアに食べさせようとした。
「そうなの、……じゃあ半分ずつにしましょう」
「えっ」
カナリアの言葉に戸惑うライト。
「大丈夫よ。ママ、ライトちゃんが誰よりも優しい子だって言うのは知ってるから。昨日渡したお小遣いじゃ足りないでしょう」
カナリアの言っているお小遣いと言うのは当時八歳の頃貰っていたお金だ。
当然、現在はお小遣いなど貰えていない。
幼少期の頃のライトは自分よりも他人のために率先して助けようとする子だった。
それはヴァンやカナリアに対しても例外ではない。ライトは人を笑顔にさせる優しい子供だった。
カナリアは、そんな優しい嘘を言うライトの気持ちに配慮しくれた。
聖母のような微笑みでカナリアは薄切りにしてある三枚の内の1枚のフランスパンを手でちぎり半分にする。
言葉も出ず、それを遣る瀬無い思いで、見守るライト。
カナリアはティッシュを一枚とると広げ、その上に一枚半のフランスパンを置く。
そのティッシュの上に置いてあるフランスパンはカナリアの所に置き、皿に乗っている残りのフランスパンをライトの所に置く。
「さあ、食べましょう。バターと牛乳も半分ずつね」
カナリアは朗らかな表情でバターの半分をフォークで取るとフランスパンの上に乗せ、口にしていく。
「……うん」
ライトは少し言葉を詰まらせながらそう言うと、フランスパンを口にしていく
辛そうな表情をするライトを目にしたカナリアは手を伸ばし慈しむようにライトの頭を優しく撫でる。
ライトは嗚咽を漏らしながら、その手から伝わるカナリアの温もりを有難く思いながら、しみじみと感じていた。
夕食後、食器など洗い終える頃には、夜の二十二時を回っていた。
ライトはカナリアに歯磨きをさせると、布団やベットも無いカナリアの部屋で横にさせ、毛布を掛ける。
「おやすみ。ライトちゃんも早く寝るのよ」
「分かってるよ、母さん。おやすみなさい」
微笑みながらゆったりとした声でカナリアはそう言うとライトもにっこりと笑い挨拶をする。
ライトは寝支度を終えると、小さなテーブルと毛布しかない狭い自分の部屋に行き、常夜灯を付ける。
そして、デイパックから筆記用具とノートと教科書を取り出し、小さなテーブルの上に置くと、勉強を始める。
黙々と勉強していたライトだったが、今日、ノートにリビアムが口にした暴言を筆記した部分に目をやると、嘆息をする。
(こんな事で人と、どうやったら交友関係が築けるんだ)
ライトは重苦しい表情で、明日からの日々の事を考えると懊悩していた。
どうしたら、ライトの心に蔓延る闇を晴らすことが出来るのか? どうしたら、ライトの周囲に偏在する薄情な余人達と向き合えるのか?
この時のライトにはその答えは見出せずにいた。
そして、夜中の0時になると、ライトは勉強を終え、常夜灯を消すと床に仰向けになり、毛布を掛ける。
就寝しようにもお腹の音が鳴り続け、なかなか寝就けない。
「……お腹空いたな」
ぼそりと呟くライト。
お肉や魚など、一年は口にしていない。貧困家庭のライトに取っては卵一つでも高級食材なのだ。
空腹でありながらも、現在の自分の環境に嘆くライト。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
一章「悲惨な日常」はここで終わります。
これからも是非ご一読してみて下さい。




