消えゆくあなたに花束を、朽ちゆくわたしに思い出を。 【一日目】
久々なのと、強制シャットダウンで3万文字くらい消えたので初投稿です。
悲しい
ちゃんと七日間まとめて出したかった……。
「これは……おそらく、魔化症ですね」
重苦しく、先生が口を開く。目を伏せ、ゆっくりと言葉を探しながら続けた。
「魔化症、ですか?」
母さんが、聞き馴染みのない言葉をそのまま繰り返す。
「……はい。魔力症とも呼ばれ、体が段々と魔力に変換されていき、最後は……骨すら残らず消えてしまうという、残酷な病気です。そして、シルくんに残された時間は……長く見積もっても七日。それが限界です」
僕の名前はシル。今年で11歳、王国最南端に位置するこの小さな村で生まれ育った……たった今、余命七日を告げられた魔法使いだ。
そしてここは、村にある唯一の診療所。
つい一時間ほど前、朝食を食べている最中の僕の体に異変が起きたので、「何かがあってからでは遅いから」と母と二人で念の為見てもらいに来ていた。
「そんな! 直す方法はないんですか!?」
母さんの叫び声を聞きながら、僕は魔化症について記憶を探る。
魔力症については父さんの持っていた本にも書かれていた。確か……
「……魔化症自体には、直す方法が見つかっています。いますが……現状、その方法で救うことは不可能です」
「王国最北端の雪山でしか育たない花が必要なんでしたっけ」
僕がそう口を挟むと、先生はこちらに優しげな笑顔を向け、悲しむように顔を歪ませる。
そして、戸棚から本を取り出すと、開いたページを母さんに見せた。
「よく知っているね。その通りです。ここから約6000km北に存在する、白龍山と呼ばれる吹雪の止まない場所の雪の中で育つ、この雪影花と言う花を食べること。それが見つかっている唯一の治療方法です」
本に書かれた紫色の花を指差し、説明する。
「それじゃあ……」
「たとえ国が協力し、全力を尽くしても。ここから白龍山までには七日はかかります。更に、見つけるのにも時間がかかります。そして、雪影花は収穫から三日で朽ち果ててしまう。その為常備されているものでもありませんし、貴重な花ですから、王家が採集許可を出すかどうかも不明。絶望的と言わざるを得ません」
そこまで言い切ると、深くため息をついて先生は本をしまった。
母さんは項垂れ、両手で顔を覆っている。
「魔化症は魔力の保有量が多く、扱いが上手い人ほどかかる可能性が高いと言われています。ですから、シルくんは素晴らしい才能を持っていましたし……悲しいですが、納得している自分もいます。残りの七日間が、シルくんが満足出来るような七日間になることを願っています」
そう言って、先生は僕と母さんに帰るよう促す。
多分、「自分に出来ることは無いから、残りの時間を有意義に過ごしてほしい」ということだろう。
先生にお礼を言って、母さんの腕を取る。
「母さん、帰ろう」
しかし、軽く揺すってみても反応がない。
怪訝に思いしゃがんで顔を近づけると、小さく「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝り続ける声が聞こえた。
*
結局、先生に母さんを家まで送ってもらい、父さんにも説明してもらった。
その結果、二人とも机に両肘をついてお通夜のような暗い表情を浮かべている。母さんは少し持ち直したようで、先生が帰る頃には受け答えができる程度にはなっていたけど。
余命七日を告げられた当人である僕は、そこまで悲しいという気持ちは湧いてこない。
言われただけで体調は悪いどころか寧ろかなりいいし、実感が湧いていないのだ。体が軽いし、魔力の操作がとても楽に感じる。
「あ、あのさ!」
流石に居た堪れなくなってきたので、母さんにお願いしようと思っていたことを口に出す。
まだ朝だし、このままこの暗い空気で残りの時間を過ごしたくはない。
「母さん、父さん。僕、もっといろんなことが知りたいんだ!」
僕は多分、人より好奇心が強いんだと思う。
物心ついた時から父さんの書斎の本を読み漁ったり、魔法の練習をしたりしてきた。
「残りの時間……いろんな場所に行きたいし、いろんな経験がしたい! ……いいかな」
わがままを言っているのはわかっている。
こんなことになると思っていなかったから、親孝行も全然していないし、出来てない。
無駄だと思われるかもしれない。怒られても仕方ないと思う。
「そう、そうよね……うん。シルならそう言うかなって思っていたわ。私はシルに残りの時間を満喫してほしい。あなたもいいわよね?」
「勿論だ。だが、何かあったらすぐに頼ってくれ。私達はどんな時も、シルの味方だからな」
そう思っていたけど、両親に言われた言葉はとても優しいもので、僕のわがままを許してくれた。
「母さん、父さん……ありがとう!」
*
「それじゃあ、行ってきます!」
母さんが準備してくれたお弁当と水筒に、ナイフや日記帳、筆記用具を肩掛け鞄に入れて、家を出る。
「あぁ、行ってらっしゃい」
「怪我には気をつけるのよ、何かあったらお父さんの研究所に来てね」
「うん! 行ってきます!」
二人は少し悲しそうに目を伏せていたけど、暖かい笑顔で見送ってくれた。
「それにしても、どこに行こうかな」
歩きながら、行き先について考える。
せっかくだから、今まで行ったことのなかったようなところに行きたい。
流石にそろそろ昼と言えるような時間になっているし、そこまで遠くには行けないと思うけど……。
「危険だから近寄るな」と言われていて今まで行ったことのなかった南の森か、ぬし様の住処があると言う噂のある東の山、遠いところでいえば南の森を超えた先にあるらしい海や、西の方角にうっすらと見える火山にも行ってみたい。
今からであれば、南の森が現実的かな。比較的村に近いところならそこまで凶暴な魔物も出ないだろうし、暗くなる前に出れば迷って帰れなくなることもないと思う。
「よし、行こう」
そうと決まれば、早く森に入ろう。なるべく時間を無駄にはしたくないからね。
森に入ると、今まである程度は整備されていた道がなくなり、木の枝や落ち葉で地面が埋め尽くされていた。人は疎か、動物や魔物が通った形跡すらない。
村に近いから、人を恐れてこっちの方向にはあまりこないのかな。
「確か、この森は……」
奥に行くと、熊型の魔物が多く生息しているはず。
敵が一体なら負ける気はしないけど、囲まれればどうなるかわからないし、そこまで奥には行かない方がいいかな。行くとしても、もっと準備してから行こうと決める。
「……にしても、何もないなぁ」
正直、拍子抜けだ。
小鳥の囀りさえなく、せいぜい僕が落ち葉や枝を踏みしめる音と、微風が木を揺らす音がたまに聞こえるくらい。
この独り言も、この静けさを紛らわす為にあえてしている。木々の隙間から陽の光は入ってくるから、怖くはないけど。
「んー、どうしよ」
奥に行く気はないし、かと言ってこのままこの辺りを彷徨いても何もなさそうだ。
何もないまま帰るのは嫌だし、西か東に行こうかな。
「……西、かなぁ。なんとなく、何かありそう」
ほんの少し、西の方が空気中の魔力が濃い気がする。
「まぁ、勘だけどね」
迷って時間を無駄にするよりはいいだろう。
駆け足気味に移動すると、少しして40m程前方に数匹の魔物を発見した。
木が多いせいで視界が悪く、まだ目視は出来ていない。けど、魔物は体全体が魔力と結合しているから、僕のように魔法が扱える人間からすれば見つけやすい。
「……村から結構近いし、間引いておこうかな」
形状からして犬型。数日に一回くらい、村の警備隊と戦っているのを見かける程度にはよくいる魔物だ。
この辺りだと採集にくる子供もいるだろうし、危険は排除しておこう。
「『大地に眠りし大いなる力よ』『力あるモノを捕らえる檻となりて』『かの魔獣を捕らえよ』」
魔法とは、地中、水中、空気中、体内など、至る所に存在する「魔力」と言う大きな力に、術者が想像したものになってもらう技術だ。イメージさえ魔力に伝えられれば詠唱も予備動作も必要ないし、即座に発動出来る。
ただ、想像を伝えられない人や伝えることができても魔力に応えて貰えない人が多くて、魔法が使える人はそこまで多くないらしい。
実際結構難しくて、細かく意識しないと失敗する。細かい部分を汲んでくれないから『火になれ』とかだと想像した火のようなものが出来るだけで、紙に触れても燃えないし、熱くもないみたいなことになる。
だからこそ、ほとんどの魔法使いは詠唱や決まった動きでイメージを強化して行使している訳だ。
「『潰せ』『潜れ』」
対象が遠くなればなる程難しくなるし、見えてないと場所に合わせた想像が出来ないから、対象が視界に入っていないと使えないと言われている。
僕は村の人間だけなら一番魔法の扱いがうまいと思うけど、それでも距離が150m辺りになると発動すら難しくなってくる。読んだ本によれば、王国一の魔法使いは条件付きで500m先で爆発が起こせたらしい。
まぁ、一般的な魔法使いの射程は90mくらいとも書いてあったし、流石に珍しい事例だとは思うけど。
土で魔物を閉じ込め、潰し、その血で他の魔物が出てこないように地面に埋める。魔物と言っても、普通の生き物には変わらないから大体は潰せば死ぬし、首を切っても死ぬ。
戦利品に関しては肉は不味くて食べられたものじゃないし、そもそも人体には毒で、焼いたものを一口齧っただけで三日寝込んだ。
他にも特段使い道はないし、珍しいものでもないから回収したりする必要はない。
「うん、やっぱり調子いい」
魔化症と診断されてから初めての魔法行使だったけど、感じていた通り魔力への思考伝達の部分が凄く楽で、いつもよりも上手く魔法が使える。
軽く走っても全然疲れないし、体調も凄くいい。
「これなら……ん?」
魔物に気を取られて気がつかなかったけど、魔物がいた場所の更に奥に感じたことのない不思議な魔力の塊があった。
大きさはそこまでじゃない。魔力の通りは綺麗な球体だけど、これは肉体というよりは殻とかそう言った身を守るためのものだと思う。
村に近いから放置することはできないし、純粋に気になる。
調子が良い今なら多少の無理は効くと思うし、いざとなれば情報だけ伝えて村から引き離せばいい。ちょうど、囮には僕が適任だろう。
「行ってみよう」
魔力の塊が見える位置まで走ると、そこには村の人が仕掛けたと思われる猪用の罠にかかり、木に宙吊りになっている少女の姿があった。
ただ、その少女は人間ではない。身長は120cm程度、全身黄緑色の肌で、頭には薄紫色の花が咲き、体を葉や蔦で体を覆っている。その上から、罠の網が絡み付き足に金属の鋏が噛み付いている感じだ。
どこかで見た事がある特徴だけど、なんだっけ……。多分、本で読んだんだとは思うんだけど。
少女を警戒しつつ、記憶を探る。
人型の魔物……亜人とも分類される種族は然程多くない。セイレーンやハーピィの特徴ではないし、蔦や葉を身に纏っている訳だから、植物系のはず。
……アルラウネ?
そうだ、確かアルラウネの特徴だった気がする。かなり前に読んだ本に書かれていた魔物だったから忘れていた。
人を襲って食べる魔物で、触れているだけで生気を奪う事が出来、かなり危険な生物だと書かれていたはず。
「た、たすけて、ください」
僕が黙っていると、少女がか細く声を発した。
多分、助けても問題はない。観察していて分かったが、このアルラウネと思われる少女はこちらに敵意を持っていないし、むしろ恐れている。
体が微かに震えていて、僕を見た瞬間痛みに備えるように硬く目を瞑っていた。
それに、感じられる魔力量的にそこまで強くない。と言うか、今の状態なら僕一人でも倒せるどころかその辺の肉食動物に負けかねないだろう。
僕に助けを求めたのは、僕が警戒するだけで傷付ける素振りがなかったからだろうか。
アルラウネはとても珍しいらしく、ほとんどのことが分かっていないと書かれていたし、興味はある。
少ない時間しか残されていない僕へのチャンスとも思わなくもないけど、それで村の人や家族を危険に晒すわけにはいかない。
でも、流石に魔物とは言えほぼ人と変わらない形の相手を殺すのも気が進まない。
どうするか……。
「あ、あの……」
「……そうだな、助けるのはいいけど、条件がある。それを守れるなら助けてあげるよ」
「ぁ、わ、わかりました」
もし約束を破るなら、その時は容赦なく退治しよう。
「一、僕以外の人に近付かない事。二、村になるべく近付かない事。三、人を襲わない事。この三つ。分かった?」
「ひとのちかくいかない、ひとがおおいところにいかない、ひとをおそわない……わかり、ました」
頷いたことを確認して、一応警戒は解かずに近付く。
触れられる距離まで近付き、助けようと罠に触れようとした瞬間、「ひっ」と消え入るような悲鳴が聞こえた。
少し待っても身を縮こまらせて動かないので、なるべく優しく地面に下ろす。
「約束を破らなければ、危害は加えないよ」
安心させるためにそう言って、ゆっくりと絡み付いた網を取り除いていく。
この様子だと、人に近付く気はなさそうだ。寧ろ、人間を恐れているような気がする。
「……わたしが、こわくない、の……?」
そのまま黙々と罠を解除していると、少女が恐る恐ると言った様子で質問してきた。
怖くないか、か。
「あんまり怖くないかな。魔物と言っても千差万別だし、ハーピィとかは人と一緒に暮らした例もあるらしいし」
あまり怖いと感じていないのは本当だが、理由は当たり障りの無いものにしておく。
本当は、相手が僕を恐れている事が伝わってきているのと、既に僕自身の命が軽いこと。そして調子が良い今なら、喩え先手を取られても相打ちには持っていける自信の方が理由としては大きい。
それに、人も人を襲うのだから、言葉が通じるならたいして変わらないだろう。
「はーぴぃ?」
「知らない?」
そう聞くと、少女はこくりと頷く。
言葉遣いが丁寧だから博識なのかと思ったが、そうでもないようだ。僕が読んだ本には書かれていなかったが、アルラウネの多くが人語を話せるのだろうか?
「亜人って呼ばれる、半人半魔の種族の一つのことだよ」
そんなことを話していると、罠の解除がほとんど終わった。
このまま解放してもいいけど……。
「あ、そうだ。君のことも色々教えて欲しいな」
僕の目的もそうだけど、安全のためにも知っておいて損はない。
「わたしの、こと?」
「うん。種族は……アルラウネ、で合ってるかな?」
罠解除を続けているふりをしつつ、質問する。
「そう、です」
嘘をついていたらわからないが、どちらにせよほとんど何も知らないのと同じだし、答えが返ってきただけでよしとする。
そもそも、何を持ってアルラウネなのかすら僕は知らないし。
「名前……あ、そもそもアルラウネってお互いを名前で呼んだりするの?」
名前を聞こうとして、そもそも名付けの文化があるかどうかわからないことに思い当たった。
いつまでも君とか呼び続けるのは分かり難いし、あるなら聞いた方がいいだろう。僕としては、助けてはい終わりにするつもりはないし。
「ふつう、なまえはない、です。わたしたちは、おたがいわかります。でも、わたし、リルってよばれてた、ました」
「そうなんだ。僕はシル。名前が似てるね……っと、解除終わったよ」
そう言って、網を外す。
本来名付けの習慣は無く、アルラウネ同士は誰が誰だかお互いがちゃんとわかるらしい。これはあとで日記に書こうと心に留め、リルの体を助け起こす。
起き上がった姿を見ると、身に纏っていた蔦や葉がワンピースのような形になっていたことに気がついた。さっきまでは全体を覆っていたので、緊急事態の時は身を守るために形が変わるのかもしれない。
「ありがとう、ございます」
そう言って、リルは丁寧にお辞儀をする。
……なんか、所々人の習慣が身についている気がする。それとも、アルラウネ間でもお辞儀をするのかな?
「気にしないで。……それで、リルはこのあとどうするの?」
「わたし、いろんなところ、いきたいです。いろんなけしき、きれいなもの、みておいでって、おねえちゃんに、いわれました。でも……」
色々な所に行きたい、色々な景色を見たいと言う願望は、僕と同じだ。凄くシンパシーを感じる。
「でも?」
「アルラウネ、は、いきるために、ひとの、せいきがひつよう、です。ほんとうは、まだまだだいじょうぶ、でした。でも、ちから、つかいすぎて、もう、うごけない、です」
要は、「元々あと何日かは動けるはずだったが、罠から脱出するために抵抗しすぎて余力を使い果たした」ってこと、かな?
多分、そんな感じだと思う。
「人を襲うって言うのは本当なんだ?」
「おそう、こともあるって、おねえちゃんいってました。でも、すこしのちから、わけてもらうだけで、きずつけたり、しません」
咎められていると感じたのか、リルは弁明の言葉を話す。
僕に読心の心得はないけど、嘘をついているようには感じない。
「んー……じゃあ、僕の生気? を分けてあげるよ。どうすればいい?」
本には触れるだけでいいって書いてあったけど、本当かどうかはわからないし。個人によって変わる可能性もある。
「いい、の? えと、さわるだけで、できます」
「分かった。はい」
手を差し出して、一応心構えをしておく。アルラウネ側からすれば少しでも、人からすれば衰弱するレベルの可能性もあるし。
しかし、本当に触れるだけでいいのなら、本に書かれていたことはほとんど事実だと言うことになる。出会ってからまだ少ししか経っていないが、リルが人を食べるような魔物に見えない。
でも、わざわざ本に一部だけ嘘を書く理由もわからない。アルラウネに不用意に近寄らないように? それにしては、本に小さく書く程度じゃ見逃す人も多いだろう。
煮え切らないが、考えてもわかることじゃないか。
「ありがとう、ございます」
そう言って、リルはそっと僕の手に触れる。
しかし、すぐ離してしまった。触れていた時間は、3秒くらいだろうか。
「ありがとう、ございました。とっても、おいしかった、です」
その3秒だけで十分だったようで、心なしか顔色も良くなったように見える。
僕への影響としては「言われてみれば、少し疲れたかな?」くらいで、ほとんどない。これを受けても余程弱っていなければ死ぬことはないと思うけど……個人差で吸う量が変わったりするのだろうか。「美味しかった」と言っていることから食事のようなものだと考えられるし、あり得そうだ。
「……そう言えば、さっき人を傷付けたりしないって言ってたけど、もしかして連れ帰ったりはする?」
ふと思いついた仮説だが、本には「人を襲って食べる」と書かれていた。しかし、アルラウネの生命維持に人の力が必要で、人の前にほとんど姿を表さないのであれば、食べるより飼う方が合理的だと思う。
そしてアルラウネに襲われたことを知っていて、襲われた所に荷物だけが残されていたりすれば「食べられた」と思い込んでも仕方ないかもしれない。実際にどうだったかはわからないけど。
「えっと、はい。わたしはしたことないですが、おねえちゃんにおしえてもらったこと、あります」
「なるほど、ありがとう」
謎が一つ解け、少し晴れやかな気持ちになる。まぁ、事実かどうかはわからないけど。
「それで、どうするつもり? もう動けるんでしょ?」
「わたし、うみをみてみたいです」
海。
僕も行きたい場所の一つだ。
水がいっぱいで、水面に光が反射して一面が輝いて見えると言う海。その光景を見てみたい。
……ちょうどいいかな?
アルラウネについてももっと知りたいし、助けた手前、監視もしておきたい。リルの目的は僕とほぼ一緒だ。
「じゃあさ、僕と一緒に行かない?」
「いいん、ですか?」
「うん。僕もいろんな所に行きたいんだ。それに、リルやアルラウネののことももっと知りたい。色々教えて欲しいんだ。だから……どうかな?」
僕の言葉にリルは目を丸くすると、笑顔を浮かべながら口を開いた。
「こちらこそ、おねがいします!」
その後、母さんのお弁当を二人で食べたり、魔物を倒したり、色々なことを質問していたら夜になっていた。
久しぶりに食べた母さんのご飯は美味しかったし、色々なことを知れて満足だ。
リルとは村から少し離れた、僕が今日最初に向かった森の方で分かれる。どうやらアルラウネは地面の中に潜ることができるようで、僕が来るまでは待っていてくれるらしい。見せてもらった感じ、潜る、と言うか沈む感じだったけど。
「ただいま」
誰もいないことはわかっているが、玄関で静かに呟く。
父さんは研究者だ。遅くまで研究所に籠っているから、家に帰ってくるのはまだまだ先。母さんは村の自警団団長で、それこそ日が変わってから帰ってくることも多い。
もう慣れた静かな家の中で、明日の準備をしておく。
明日は海に行くために、森を探索することに相談して決めた。
「楽しみだな……っと、早めに書いておかなきゃ」
知ったことは、今日のうちに出来る限り日記に記す。
多分自分で読み返すことはないだろうけど、もしかしたら誰かの知識欲や好奇心を満たすものになったり、誰かの助けになるかもしれないから。
『朝、体(脇腹付近)から紫色の光が漏れ出ていたため、念の為診療所へ行くと、「魔化症」と診断された。余命七日らしい。悲しいことではあるが、悲しんでいるよりも、残りの時間を楽しみたい。【中略】 昼、リルと名乗るアルラウネの少女に出会った。【中略】 アルラウネとは言っても、リルの言動は普通の少女とそう変わらないように感じた(当然種族が違うことで、人が普通しない行為もアルラウネにとっての普通なら当たり前のようにするが)。 【中略】 今日一日はとても楽しく充実していたと思う。残りの時間も、楽しいことが続けば嬉しい。 龍刻歴724 9/3』
「こんなところかな」
日記を閉じて、三人分の夕食の準備を始める。
返しきれはしないし、僕の気持ちは変わらないけど、残りの時間は少しでも両親に楽をさせてあげたいなぁ。
最終日まで書き切り次第投稿します。