のろんださん
皆さんは、儀式と聞いて何が思い浮かぶだろうか。
魔法陣に生贄を捧げる魔術的なものが浮かぶだろうか。焚き火を囲んで踊り狂う原始的なものが浮かぶだろうか。あるいは、こっくりさんや一人かくれんぼのようなものが思い浮かぶだろうか。
私の場合、ある一つの儀式が思い浮かぶ。だがそれは、誰にも知られていないものだ。その儀式を知るものは、この世には私と、もうひとりしかいない。
これは、『のろんださん』と言う名の儀式の話だ。
※※※
あれは、ニ年ほど前のことだ。当時大学生の後半だった私は、就職活動で日々忙しい思いをしていた。
そんな私の友人の一人に、働くことに乗り気でない者がいた。名前は、『タクヤ』としておこう。
とにかく、このタクヤは周りが就職活動に励んでいる中、やれFXだの、やれ不動産投資だの、働かずに儲けることばかりを考えていた。
そんなタクヤが、インターネットの動画投稿者になりたいと言い出したのが、事の発端だった。
「なあ、どんな動画を作れば、一気に広告収入得られるかなぁ」
「さあな、俺はやったことないからわからないよ」
大学の講義前の空き時間、タクヤは私の横に座って話しかけてきていた。
動画投稿者といえば、稼いでる人は年収何億と行く、夢のような職業だ。一方で、芽が出なければ一銭たりとも稼ぐことのできないものだ。
「なんかないかなぁ、一瞬で何百万回再生とか行くような動画の作り方」
「そんなの知っていたら、自分でまず先にやってるよ」
タクヤはいつもこのような感じだ。思いつきはするものの、自分ではそれ以上考えず、周りにやり方を聞いて回るのだ。自分は楽して儲けたい、そんなやつだった。
「たまには自分で考えてみたらどうだ?案外、人に聞くよりもいいものが浮かんでくるかもしれないぞ」
「そうは言っても、俺考えるの苦手なんだよなぁ。ヒントだけでもいいから、何かないかなぁ」
全く自分で考えようとしないタクヤに呆れを感じつつも、私自身なにかないかと考えてしまっていた。きっと、これが良くなかったのだろう。
「そうだなぁ……今は夏だろ?怪談系の動画とか作ったら、多少は再生数伸びるんじゃないか?」
「怪談?例えば?」
「そうだなぁ……例えば、一人かくれんぼをやってみるとか、こっくりさんをやってみるとか」
かなり適当に、思いついたことを伝えた。タクヤのことだ、めんどくさそうだと言っていつものように諦めると思っていた。
「一人かくれんぼかぁ、そんなのやってるやつ多いし、誰もやってなさそうな……そうだ!」
珍しく、タクヤが何かを思いついた。
「誰もやってないこと、つまり、新しく作った何かをやればいいんだよ!」
「え、どういうこと?」
「一人かくれんぼとか、こっくりさんとかみたいな怖い儀式を、新しく作ってやればいいんだよ!」
タクヤの出した答えは、たしかにその通りのものだ。自分たちで作り出したものなら、誰もやったことのないオリジナリティのあるものになる。だが、それはそう簡単にはできないことだ。
「いやまあ、そりゃそうだけど、新しい儀式を考えるってどうするんだよ。むしろ難しくないか?」
「そこは、既存のものを参考に少し変えたり、新しく付け足したりして組み上げていくんだよ。そうすれば、ある程度は楽できるだろ?」
そう言うと、タクヤはスマホのメモアプリを開いた。
「俺、頑張って儀式を考えて、それを録画しながらやってやるんだ!きっと数百万再生数間違いなしだぜ!お前も手伝ってくれよな」
「ええ、俺も?」
巻き込まれることに、少し嫌気を示した。だが、新しいものを作るというのは楽しいことでもある。嫌気半分、乗り気半分ではあった。
「しょうがないなぁ。じゃあ、既存の儀式とか調べてやるから、あとはお前が組み立てろよな」
「おうよ!ああ、夢の不労所得生活は目前だぜ!」
こうして、俺とタクヤの儀式創作計画が始まったのだった。
※※※
俺が古今東西の儀式的なものを調べ、タクヤに教える。タクヤはそこから使えそうなところを抜き出して、時には新しく考えて、儀式を組み立てていった。二人で意見を酌み交わし、儀式はどんどんと具体的な形を成していった。
儀式の名前は、『のろんださん』に決まった。考えたのはタクヤで、制作半ばに唐突に頭に浮かんできたものをつけたとのことだ。それっぽくて良いと、俺も賛成した。
のろんださん計画は、初めは難航するかと思った。どうせタクヤのことだ、早いうちに丸投げしてきて自然消滅するだろう、そんな気持ちもあった。
だが、意外にも話はトントン拍子に進み、ついには実際にのろんださんをしている様子を撮影するのみ、となっていた。
「これで稼げたら、お前にもある程度はマージン渡してやるからな!期待して待ってろよ!」
タクヤは常日頃、こんな事を言っていた。だが、俺はこののろんださんの動画で稼げなくとも、制作過程で十分楽しめた。それだけでも良いと思っていた。
のろんださんは、どんな内容の儀式になったかって?申し訳ないが、それは教えることはできない。いや、教えたくない。
この後のことを聞けば、きっと知りたくないと思うだろう。
※※※
のろんださんを実際に撮影する予定の三日前のことだ。突如、タクヤが病院に運ばれた。
家族から聞いた話によると、刃物で自分の体を傷つけ、出血多量で運ばれたとのことだ。救急車で運ばれている最中、ずっと呪文のような不思議な言葉をうわ言のようにつぶやいていたとも聞いた。
底抜けに明るく、前日まで普通に話していたタクヤが、自殺や自傷を図るとは考えつかなかった。そして、刃物は、のろんださんで使用する道具の一つだ。
まさか、と思った。タクヤの家族に更に話を聞くと、タクヤの部屋には、なにやら撮影していたらしい形跡があったと聞いた。
私はタクヤの家族に許可をもらい、撮影機材のカメラを借りた。そして、その中にある録画データを探ってみた。
『あーあー、テステス。オッケーかな?』
最新の録画ファイルを再生してみると、タクヤの様子が映し出された。映像の中には、のろんださんで使う道具も一通り映っていた。どうやら、のろんださんの本番前に、リハーサルをしていたようだ。
『えーと、みなさん!のろんださんというものをご存知でしょうか?』
台本を見ながら喋るタクヤ。時折セリフを変えたり、カメラの向きが合っているか確認したりなどしながら、映像が進んでいく。
『では、さっそくのろんださんを呼んでみましょう!まずは……』
ついに、儀式の実践が始まった。タクヤは俺と事前に打ち合わせた内容で、淡々と手順をこなしていく。
『次に、この赤い紐を……』
儀式が中盤まで続くが、映像に変わったところはない。
タクヤが儀式をする映像が流れ続け、ついに儀式は最後の工程に入る。
『包丁で切りました!さあ、次で最後です!こう唱えましょう!のろんださん、のろんださん、おいでくださいませ。のろんださん、のろんださん、おいでくださいませ』
『ドンドンドンドンドンドン!!』
突如、映像の中から何かを力強く何度も叩くような音が聞こえた。あまりの音の大きさに、腰を抜かしそうになる。
『のろんださん、のろんださん、おいでくださいませ。のろんださん、のろんださん、おいでくださいませ』
『ドンドンドンドンドンドン!!』
何かを叩くような音は、どんどんと大きくなっていく。しかし、映像の中のタクヤは一切気にすることなく、俺たちで考えた呪文を唱え続けている。
『のろんださん、のろんださん、おいでくださいませ。のろんださん、のろんださん、おいでくださいませ』
『ドンドンドンドンドンドン!!』
『のろんださん、のろんださん、おいでくださいませ。のろんださん、のろんださん、おいでくださいませ』
まるで連続再生している音楽ファイルのように、タクヤは呪文を何度も唱えている。
音は、更に大きくなっていく。
『のろんださん、のろんださん、おいでくださいませ。のろんださん、のろんださん』
『ドンドンドンッ!!』
唐突に、タクヤが呪文を唱えるのをやめた。それと同時に、何かを叩くような音も止まる。
映像の中のタクヤは、カメラの下方向に視線を向け、そのまま動かない。
『……のろんだ、のろんだ、のろ、ぐわん、ぐげ』
タクヤが急に顔を上げたかと思うと、何か奇妙な言葉を発し始めた。目は白目を向いており、口からはよだれが垂れている。
『のろ、のろんだ、のろん、ぐわ、ぐわん、のろんだ』
とても見慣れた友の表情ではなくなっているタクヤは、奇妙な言葉を口ずさみながら、儀式道具の包丁を手に取った。
『のろのろ、ぐの、ぐわん、ぐげ』
そして、包丁を振り上げ、自分の身体めがけて振り下ろした。刃が身体に触れる瞬間、映像の再生が止まった。
※※※
病院に運ばれたタクヤは、一命を取り留めたものの、ずっとどこか遠くを見ながら、奇妙な言葉を、発するだけになってしまったらしい。
らしい、というのは、タクヤの家族から話を聞いただけだからだ。事件前日を最後に、タクヤには会っていない。今は閉鎖病棟に入院しているとのことだ。
タクヤがこうなってしまった原因は、確実にのろんださんの儀式だろう。
しかし、何故タクヤは、おかしくなってしまったのだろう。私達が考え出した儀式が、実は何か本物の儀式となってしまっていたのだろうか。あるいは、複数の儀式を混ぜていたのがまずかったのだろうか。
私から、忠告する。例え存在しない儀式でも、遊びでやるべきではない。もしかしたら、その儀式が何処かの本物の儀式と同じになっているかもしれないからだ。
私の話を聞いて、のろんださんを再現してみようと思った者がいたとしたら、私は絶対にやめたほうがいいと言う。
何故なら、あれは本物になってしまったからだ。
『のろんださん』という、新しい儀式に。