馬車でのひととき
私とセレナを乗せた馬車はまっすぐ学園へ向かった。
「おはようございます。フィル」
「おはよう。セレナ」
かなり今更だが、私たちは馬車の中でお互いに挨拶を交わした。
「ところでフィル、我が家の馬車の座り心地はいかが?」
「えっ!とてもふかふかで…そういえば走行中の揺れの衝撃があまり感じない…かも?」
「まぁまぁまぁ!!それは良かったですわ!あの使えない人達もたまには役に立ちましたわね。」
セレスが言う【使えない人達】の顔が頭に浮かんだが、さすがのセレスもそんなことはしないだろう…
と私は考えを捨て、セレスにとって別の【使えない人達】であるのだろうと考えなおした。
つまりきっと、私が知らない人達…
「それにしても馬車一台丸ごと新調したかいがあったというものですわ!」
「それってどうゆうこと?」
「これからこの馬車は私とフィルが学園に通う間、ずっと使う為にこの春休みにあの人達に作らせた物ですわ」
「えっと…セレナの為…だよね?」
「いいえ。【私とフィルが】ですわ。さらに正確に言うと【フィル専用馬車】ですわ」
「え????」
――わけがわからない…。
セレナとは幼い頃からの友達で、いわゆる幼馴染だ。
母が生きていた頃からの付き合いなので、セレナは私の母の事も知っている。
それにセレナは社交界で堂々とした母の姿に憧れて、日々令嬢としての振る舞いを勉強し、自分を磨いてきた努力屋さんだ。
セレナの事は他の人よりは知っているつもりだし、たまに突拍子もない事をしたりするが…
だけど今回はなぜ私の為に馬車を新調したのかがわからなかった。
そもそも、馬車にはウィルソン家の家紋が入っていたので、明らかにセレナの馬車だと思うのだけど…
そう考えつつ、私は先程から疑問に思っていた事を言葉にした。
「セレナ…まずセレナが言う【使えな人達】は誰の事か聞いても…?」
「そんなの決まっていますわ!クーリア殿下とフリッツの事ですわ!」
――あぁ…やっぱりか…。
フリッツも私とセレナの幼馴染だ。
フリッツは母の故郷である隣国アルトア帝国のバードン公爵家の次男である。
そして私の母とは従姉弟同士でもある。
その縁でよくバードン公爵夫妻が旅行でこの国にきた時、フリッツを我が家で預かったりしていた。
彼は現在留学生という形でこのトリス国の学校にいる。
そしてフリッツを通して、トリス国第一王子クーリア殿下とは中等部で顏見知りとなった。
クーリア殿下とお会いしたのは舞踏会など何回かあるが、私は他の令嬢とは違い殿下の婚約者の座には興味がなかったので、実際挨拶以外の会話をしたのがこの時だった。
話してみるととても気さくな方で、フリッツとはかなり心を許した仲なのか、口調も砕けた感じになっている。
そしてクーリア殿下の婚約者最有力候補と噂されるのがセレナだ。
一度二人に婚約しないのかと尋ねた事があるが、見事に二人とも声を揃えて【ありえない】と言われた。
私はこの時二人がお似合いだと言ったら、セレナには泣きつかれ、殿下は頭を抱え、フリッツは微妙な表情をして目線を泳がしていたのが印象的だった。
結局なぜ皆そんな反応をしたのかわからなかったが、深く問いつめることはせず、この話題はそれ以降出なかった。
しかし隣国とはいえ同じ公爵家のフリッツはともかく、自国の王子を【使えない人】認定はさすがセレナとしか言えない。
セレナは基本男性を信用していない。
社交界では笑顔を取り繕い、淑女らしく振舞っているから【令嬢の鏡】や【赤薔薇の君】などと言われ、求婚を申し込む男性が後を絶たないが、全て断ってきた。
あまりにしつこい人にはクーリア殿下を利用して断っているらしい。
さすがに王族を敵に回してまで求婚する男性などいない。
「もう一つの質問なんだけど…」
「なんです?」
「なんでこの馬車は【私専用】ってことになっているの?」
私は二つ目の疑問をセレナに問うた。
例え二人に新調してもらったとはいえ、【セレナ専用】になると思うのに、なぜ私専用とセレナは言うのだろう?
馬車にもウィルソン公爵家の家紋が入っている。
「それはもちろん、あのゴミムシ共が私の大事な親友を徒歩で行かせると予想していたからですわ」
「ゴミムシ……」
「すみません。予想…ていうのは言い過ぎでしたわ…あの脳内お花畑ちゃんが中等部で言いふらしていたと親切な方から報告がありまして…」
「脳内……」
――ツッコミたいのはそこではないのだが…
「お下品な声質をしていらっしゃるのに大声とか…存在自体がもうお下品でいらっしゃいますわよね。そんな人が【私高等部に上がったら、専用の馬車をお父様が用意してくださるのですよ、私のお父様は優しいのですわ】って」
「え…もしかして私の為に…?」
「あの家なら新しいのを買う可能性もあったので、念の為にあの二人に馬車を購入してもらいましたの。私が親友を徒歩で行かせるなどありえませんわ。」
「でもこの家紋は…?」
「それはもちろん、お父様に許可をいただきましたわ!そこはクーリア殿下の身分を利用しましたの」
セレナはいいアイディアでしょ?
と言いたげにウィンクをしてきた。
「ありがとう…私なんかを気にしてくれて…」
「こら!【なんか】じゃありませんわ!それに…」
セレナが言葉を言いかけたと思った瞬間、両頬をセレナの手に包まれた。
「私の大事な親友です!何度も言わせないでくださいまし!私怒りますわよ!」
「……うん。ありがとうセレナ…」
こうして私とセレナを乗せた馬車が学園に到着した。