変わった朝
「ミリーゼ姉さん…朝からうるさいよ。」
オルカと私はミリーゼの後を追うように玄関を出て、悲鳴をあげたミリーゼの目線の先を追った。
「あれは…」
ルキニア公爵家の玄関先に待機していたのは、自分達が乗る為の馬車ではなく、別の家の家紋が入った馬車がとまっていた。
そしてその隣には戸惑うようにルキニア公爵家の御車二人がいた。
そう。現在我が家の前に停まっている馬車の家紋を有するのはウィルソン公爵家の馬車だからだ。
ウィルソン公爵家はこの国の四代公爵家の1つである。
もちろんルキニア公爵家もその内の一つではあるが、歴史はウィルソン公爵家の方が古い。
我が家は公爵家の中ではまだ新参者の部類だ。
だからといって家同士の仲が悪いわけではないから驚く事ではないのだけど、ミリーゼ自身が嫌っている人物がウィルソン公爵家にいる。
固まっているミリーゼを横目に、ウィルソン公爵家の馬車から降りてくる人物を私は確認した。
「あら…朝から騒々しい…まったくもっと令嬢としての自覚をお持ちになったらいかがですの?」
「あぁ…それとも…そんな事もできない脳みそお花畑さんでいらしたのなら申し訳ない事を言いましたわ…この通り、謝罪いたしますわ」
「なんですって…朝から喧嘩うってくるなんて、いい根性していますわね!」
「セレナ・ウィルソン!!」
中から出てきたのはウィルソン公爵家のご令嬢セレナ・ウィルソンであった。
薄い赤色の髪を緩く巻き、赤い瞳には明らかに侮蔑の色を浮かべている。
しかし、それはその視線を向けられているミリーゼからみたセレナ・ウィルソンの印象だろう。
はたから見ると、とても優雅な仕草で容姿も整っている為、一つの絵画をみてるようだった。
社交界から【赤薔薇の君】と言われるのに納得がいく。
だがそれは彼女の本当の姿を知らない者たちが、彼女に理想を重ね美化しているからだと私は思っている。
本来の彼女は敵とみなしたものには攻撃的で、かなり汚い言葉使いになる。
逆に心を許した相手にはどこまでも優しい。
現状、少なくてもミリーゼを敵とみなしているのは明らかにわかる。
「別に私…あなたなんかに興味ありませんわ…寧ろ関わらないでくださる?」
「本当は視界に入れるのも嫌なんですの…あぁ…舞踏会とかも壁の花になってくださると、私とても助かりますわ!」
セレナは頬に手をそえ、首を少し傾け、表情は困ったように眉尻を下げながらミリーゼに言う。
この仕草も言葉を聞かなければ、【あなたの憂いを晴らさせてください!】と殿方達が殺到するだろう。
それほどまでに仕草だけは完璧な令嬢であったが、その口から発せられる言葉は令嬢が言うには少し酷い内容である。
「それより!」
セレナはもはやミリーゼがそこにはいないかのように振る舞い、ゆっくりとオルカと私の方に満面の笑顔で近寄り、私の腕をとり寄りかかってきた。
「会いたかったですわ!フィル!お元気でしたか?」
「久しぶりねセレナ。領地からいつ帰ってきたの?」
「昨晩ですわ。お父様はまだ領地にいますが、私には学校がありますし、早くフィルに会いたくて一足早く帰ってきましたの!」
「さぁさぁ!積もる話は馬車の中でいたしましょう!」
「え…でも…」
セレナは早く!と言いながら私の腕を引っ張り、自身が乗ってきた馬車に向かう。
私がそれを戸惑っていると「私と登校するのは嫌ですか?」と涙目になりながら言われてしまい、私は大人しくセレナにされるがまま馬車にのった。
肩を震わせながら怒っているミリーゼとあっけにとられているオルカをその場に残し、セレナと私を乗せた馬車がルキニア公爵家を出発した。