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はじめに。
この物語を毎度読んで下さる皆様に、心より感謝を。
いつも、ご精読ありがとうございます。
それを踏まえまして、私からお願いが一つございまして、今回は前置きを書かせてもらっております。
それはと言うもの、私自身、もっと上に……。読者の皆様にもっと上質な文章と構成、そしてわかりやすい語彙。それらを兼ね備えた物語を、コンスタントに提供できたらなと、日々思っており、募りゆくばかりです。そしてこれに勝る喜びはないと思っています。
その上で、その糧となるのが、私の小説を読んでくださる皆様の忌憚なき意見・感想だと思っています。
好評はもちろん、酷評すら受け止め、土台にできてたら願ったり叶ったりです……と、言葉を繕ってみましたが、だめですよね。
煎じていいます。
感想をください。
待っています。
よろしくお願いします!!
前置きは以上です。
そして、ここから第2章になります。よろしくおねがいします。
では、本編へ、どうぞ!
「おはようございます。四月二十三日、金曜日。朝のニュースをお伝えします」
翌日の朝、いつも通り起床した優太の耳に聞こえてきたのは、熟年層の女性たちから高い人気を博する爽やかな笑顔が印象的な男性アナウンサーの心地の良い挨拶だった。これを毎朝のように耳にするものだから、今ではすっかり朝のスターター代わりになっている。
落ち着いた口調で恒例の挨拶を終えると、男性アナウンサーは声を明るくして次の話題を口にした。同時にテレビの映像も切り替わった。
「ここ連日、井の頭公園内には多くの花見客が訪れています。その足は昨日も途絶えることなく、公園内はまさに祭りと言っても過言ではない賑わいに満ちていました」
液晶画面に映し出されていたのは、色鮮やかな桃色と、地面が見えなくなるほどの人でごった返えした都立公園。見ているだけで画面越しからでも伝わってくる圧迫感に、思わず視線を引き寄せられた優太も息苦しさを覚える。男性アナウンサーの爽やかさも相殺される勢いだ。
朝から見るもんじゃないと、優太は視線を戻し、こんがり焼き上がったトーストにかぶりついた。
高校に進学してから早二年。必死になって勉強し、緊張に身を焦がしながら受験した末に合格した高校。そして、今では窮屈な学校生活を送くっている。そんな中でも、鼻腔に広がる香ばしい小麦の匂いと味だけが、今の優太の至福の一時となっている。
優太は、ダイニングキッチンに並べられたマーガリンと苺ジャム、双方に視線を置いた。この至福には、アレンジを加えることができるからなお素晴らしい。
「ふむ……」
最初の一口目だけは、素材の味を楽しむ。問題は二口目から。味のアクセントをつけるため、マーガリンか苺ジャム、このどちらかを選ばなければならないのだ。優太の中でも、この瞬間だけが至福の時間における唯一無二の苦渋の一時だ。
「あんた、いっつもその二つで迷っているわね〜」
寝癖のついた頭でうんうん悩んでいると、ダイングキッチンの向こう側から母親の苦笑する声が聞こえてきた。
そんな母親の苦笑をよそに、余分なカロリーを判断能力に費やした優太は、「まあね」と生返事してから、結局、苺ジャムに決意を固めた。
赤い瓶に手を伸ばし、いやに固く閉じた蓋を力一杯開ける。カポッと少し間抜けな音が鼓膜に響き蓋を開けると、流れるようにジャム専用のナイフを掴み、赤いジャムを一掬い。祖父が孫の頭を撫でるようにして黄金色に輝くパン生地に一塗り。
「ほぉわー……おはよぉ」
扉の方から寝ぼけた声が聞こえてくる。声が聞こえた方向に視線を向けると、今年で十五歳を迎える妹が眠り被った目を擦りながら朧気な足取りで起床してきたところだった。
その妹、片瀬舞生は手触りの良さそうなファー素材のもこもこした上下セットのパジャマに身を包み、頭を軽く気にしながら、ちょこんと優太の前の席に座る。
まもなくして、ダイニングキッチンから母親の質問が飛んだ。
「舞生、バンとご飯どっち食べる?」
「んー……パンー」
気怠げに小さな口を開きながら舞生は質問に答えると、すぐさま力尽きたようにテーブルの上にぐでぇと体を預ける。半醒半睡。いや、低血圧だろうか……。
最近、少女から大人の女性へと成長しつつある舞生。所属しているバスケットボール部の影響もあり、責任感や自立心も育ってきたと思うことも増えてきた。
しかし、こういうだらしない部分を見ると、やはり血の繋がった妹なんだと、優太は強く実感できる今日この頃。
それが兄として嬉しくもあり、また、兄として今後の付き合いを憂うときもある。特に異性との付き合いは、気をつけてほしいと願うばかりだ。
そんな複雑な兄心を抱いていると、突然、何かを思い出したように顔を上げた舞生と視線があった。
「……」
「……」
下から覗き込んでくる大きな瞳。耳から垂れ下がったショートカットの髪が口に掛かっている。そして、少し上がった広角からは何かを言いたげな印象を受けた。
けれど、困った妹はいつまで経っても話しかけてこない。でも、聞いてほしくて仕方がなさそうな表情をしている。
「……なに? なんか用なの?」
いつまでも見つめていられるのも面倒なので、仕方がなく優太のほうから問いかけてやると、案の定、それまで眠り被っていた舞生の表情がぱあっと明るくなった。その表情はまるで手にした宝物を自慢げに披露する前の子供のよう。
これは失敗したなと……と思ったときには遅かった。
「舞生、あんた、昨日からやけに機嫌が良いわね? 何か良いことでもあったの?」
けれど、それは結果としてそれは優太の杞憂で終わった。舞生が何かを言い出す直前、ダイニングキッチのほうから黒色のエプロンを見に纏い、両手にヨーグルトの容器を持った母親が問いかけたから。
実際、彼女が鼻歌でも口ずさみそうなほど機嫌が良さそうなのは、優太の目から見ても一目瞭然である。そんな優太でもわかる妹の変化を毎朝のように迎えている母親が言うのだから間違いないはずだ。
一つだけ問題があるとすれば、その原因が何か予測がつかないこと。
「あっ、やっぱり、わかっちゃう?」
母親の指摘を受けた舞生は上機嫌な声でそう答えた。
一方、人知れず漠然とした不安感を覚える優太。もちろん根拠はない。言うなれば虫の知らせであり、ただの直感に過ぎない。
でも、このときの優太は不思議とその第六感に従うべきだと思った。だから、そさくさと手に持ったトーストを口の中へと放り込み、乱暴に咀嚼してから一気に牛乳で流し込みにかかる。
その間にも、ふたりの母娘のやり取りは続いていた。
「で、何があったの?」
「へへ、それがねぇー、今週の土曜日、雪音さんと買い物に行く約束したんだ」
「ぶっ——!!」
「ちょっ、お兄ちゃん、汚い!」
聞こえてきた内容はあまりにも衝撃的で、思わず口に含んでいた牛乳を吹き出しそうになる。すかさず隣に座った妹から苦言が飛んできて、慌てて近くにあったティッシュで口元を拭う。
「わ、悪い悪い……」
「もうぉ、気をつけてよね」
ジト目でそれだけ言われると、幸いにも舞生はすぐさま優太に興味をなくし、再び母親と会話を始める。優太はそれに耳を傾ける。
「お母さん、知っている? 雪音さん、前から綺麗で可愛かったけど、今はすんごい美人さんになってんだよ」
トーストに苺ジャムを塗りながら、舞生は思い出すように語った。
「知ってるわよ、前に新しく住んでいるマンションに遊びに行ったとき、偶然会ったから」
「ぶっ——!!」
「ちょ、お兄ちゃんっ、ほんと汚い! さっきから何なのほんとさぁーっ!」
せっかく心境を落ち着かせるため飲んでいた牛乳だったのに、優太は再び吐き出してしまいそうになった。
二度目と言うこともあり、舞生からは侮蔑を孕んだ視線が向けられている。確かに、食事中におけるマナーという面で言えば優太に非はあると思う。思うけど、せめて吐き出さなかっただけでも、誰か優太を褒めてあげてもいいと思う。
もっと言えば、優太としてはせめて彼女の話は優太が席を立ったあとにしてほしかった。そうすれば、兄としてのたつせも保ていていはずだ。最初から兄としてがあったのかどうかは別にして……。
しかし、現実は現実で。過去は過去として消えることはない。したがって、優太が牛乳を吹き出そうになった事実も変わらない。優太自身、それは己が罪として甘んじて受け入れようと思う。
だが、気になるのは、なぜ、このタイミングで舞生が彼女の話題を持ち出したか。
今の優太としてはそっちの方が気になっているし、でもだからと言って、それを口に出したりはしない。言葉にしてしまえば、話の矛先は自分と彼女へと向くに決まっているから……。
ならば、そうなる前にやるべき行動は一つ。
優太は空にした食器をまとめ、台所に足を向けた。その間にも、親娘の会話は継続中だ。
「でもさお母さん、なんでそのとき言ってくれなかったの? あたしも行きたかったのに……」
むくれた妹の声は本気で口惜しそう。柔らかそうな頬もぷくーと膨らませて不満アピール。そんな舞生に向かって母親からは浴びせられたのは苦言の一言。
「だって、あんたその日、練習だったじゃない」
「言ってくれたら休んだのにぃー」
不服そうに口を尖らせながら、舞生が不謹慎なことを口にする。けれど、そんな不真面目な娘の発言には慣れている母親には効果は今ひとつだった。
「まあ、確かに、雪音ちゃん、本当に美人さんになったわよねぇー。お母さん、久しぶりに会ったとき思わずびっくりしちゃった」
「うん、あれは絶対モテるね。いや、モテないほうおかしいよ。逆に、あれでモテないなんてありえるの?」
言って、なぜか意味深な視線がテーブルを挟んだ奥から優太に向けられる。気のせいか、雲行きが怪しくなってきた。ちょうど、天気予報の男性アナウンサーが今日の天気は晴天と爽やかな笑みで言っているのに……。
固定された視線に居心地の悪さを感じた優太は逃げるようにリビングをあとにする。そして、リビングをあとにしてすぐのことだった。どこか諦念したような声と小さく笑う声が聞こえてきたのは。
「まあ、さっきから騒がしくて、落ち着きがなさすぎる人に、あの雪音さんが振り向いてくれるとは思わないけどねー」
その言葉を背に優太は再び歩き出す。今日も学校はある。ばすに乗り遅れるわけにはいかない。だから、今は、立ち止まっていてはいられない。ましてや引き返すなどもってのほかだ。妹に葉っぱをかけられてムキになるほど優太も子供ではない。
「……余計なお世話だっつーの」
だからせめて、去り際に漏らした言葉が今できる優太の強がりだった。