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【22万PV突破!】Anemone ~ 君とまたいつの日か。  作者: NexT
#── Capture5. Restart! ──#
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#—— 1 ——#

 


 ピピッピピ……——。

 傍若無人に鳴り響く目覚まし時計のアラーム音が、徐々に意識を覚醒に導いていく。


「んっ……」


 微睡の中、頬を指す暖かな感触。瞼の裏を染める白い光線。遠くのほうでは、小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。

 朝が来た。そのことを優太の意識は理解する。

 まだ惰眠を貪りたい。続けざまに寝ぼけた脳がそう訴えかけてくるが、そんな優太の思考を無理やり引っ張り上げたのは、ちょっと、いや、かなり騒がしい足音だった。


「……」


 一度体をひねるようして、優太はぐっと伸びをした。大きく開けた口からは、新鮮な空気を肺に取り入れる。


「もう朝、か……」


 眼むりかぶる目を擦り、枕元に置かれたデジタル時計に視線を向ける。時刻は午前七時五分。そのすぐ横には四月二十四日、月曜日の文字が七つのセグメントで表示されていた。

 今日は、先週の金曜日から二日開けた月曜日。新たに学校がはじまるあの月曜日だ。

 だから、高校生という身分にある優太は起きなければいけない。学校の授業は、基本、平日に行われるものだから。先ほど起こしてくれたしていたアラームだって、昨晩のうちに自分でセットしておいたもの。


「……起きるか」


 わざわざそう口にしたのは、意識的に二度寝を避けるため。十六年間生きてくると、自分のことはだいたい感覚でわかる。このまま体を持ち上げなければ、二度寝コースは待ったなしだろう。


 眠たい頭で襲い来る睡魔の原因を考えると、その原因はすぐに判明した。

 恐らく、昨日の日曜日、宣言通り極力ベットから出なかったことが、今日の疲労に繋がったのではないか。

 人の体は、何かをしていなくても疲労は溜まっていくようにできている。人に限ったことではないけれど、命あるものは生きていくだけでエネルギーを消費していくものだから。人よっては何もしない日の方が疲れを感じてしまうのも不思議じゃない。


 でも、優太の場合は、日曜日の過ごし方に問題があっただけわけではなくて……原因は、土曜日にある。むしろ、こっちのほうが疲労を蓄積させられたとさえ、優太は思っている。

 まあ、例えそうだとしても後悔はなかった。むしろ、これまで過ごしてきた休日のありがたさを再認識できた良い機会だったとすら今なら思えている。出来るなら、昨日の自分と変わってやりたいが……。


「結局、昨日の俺も、今日の俺か」


 寝起きの頭には衝撃的な事実だったが、よくよく考えてみると当たり前の現実である。そして、どう考えても今は必要としない思考だった。

 やはり、朝からどうしようもないことを考えてしまうくらいには脳が疲弊しているのかもしれない。

 そう思った優太は、もう一眠り……と、再びベットの中に舞い戻ろうとした、そんなとき……ベットの脇のほうから渇いた声が降りかかってきた。


「お兄ちゃん、何朝からひとりで馬鹿なこと言ってんの?」


 渇いた声の正体は、いつの間にか部屋に入ってきていた妹の舞生だ。


「……妖怪のせいかも」


 聞き慣れた声に適当な返事だけして、優太はもう一度布団を体に掛け直す。もそもそと丸くなれば完成だ。あと五分もすれば、もう一度夢の世界に飛び立てる自信がある。


「お兄ちゃんのせいに、決まってんじゃん!」

「ああ〜」


 情けない声と同時に、無慈悲にも優太を優しく包んでいた掛け布団は呆気なく剥ぎ取られてしまう。


「はい、起きた起きた、今日は大事な日なんだからね、お兄ちゃんっ」


 優太の掛け布団を畳みながら、舞生がそんなことを言ってくる。


「お前は俺の母さんか」

「安心して。私のお母さんもお兄ちゃんのお母さんだから」

「……ややこしいな」


 始業点検を行っていない脳味噌には、いささかハードルが高すぎたのもかしれない。


「でもさ、俺の母さんがお前なら、俺の母さんはばあちゃんに……」

「はいはい、もうその話は掘り下げなくていいから。さっ、早く起きた起きた」


 くだらないことをいつまでと口にしている優太を、制服姿の舞生が無理やり立ち上がらせる。剥ぎ取られた布団はきれいに畳まれ、ベットに返却された。されるがまま起き上がらされている優太に、兄の威厳は見当たらなかった。


「俺は、果報者だな」


 背中を押されながらリビングまで向かう途中、優太はぽろりと口にした。


「こんな甲斐甲斐しい妹が、俺の妹なんだぞ?」

「それ、当の本人を前に言われても反応に困るだけなんですけどっ」


 素直な気持ちを肩越しに伝えると、少しむず痒そうな反応が返ってきた。

 優太は、妹のこんな反応を久しぶり見た気がする。

 思い返してみると、舞生の態度に、はじめて違和感を覚えはじめたのは五年前のあの日から。

 最初は、少し早めの反抗期だと思っていた。よそよそしい態度は年齢から来る相応のものだと納得していた。

 母親には、「気のせいだ」と笑われた。父親には、「いつもあんな感じじゃないか?」と寂しい顔で言われて悲しくなった。いつか自分も、父親と同じ扱いをされるのかと思うと妙に辛かった。

 とある日、とりあえず思い当たる節があったので、優太はそれを正直に告白することにした。


「ごめん、お前が楽しみしていたあのプリン、食ったの俺だ」

「死ね」


 正直に罪を告白して、関係改善を測ったのに、溝はさらに深まったのは今でも記憶に新しい。

 結局、そのあとも優太の心は一向に晴れることはなく、それから月日は流れ、時おり寂しそうな顔をする舞生をよく見かけるようになった。そういうときは決まって、母親と昔話をするとき。厳密に言えば、皆瀬雪音の名前が出てきたとき。


 そんな顔をされれば、いやでもわかってしまう。これまで意識していなかった彼女の存在の大きさを、何より、彼女を想う自分の気持ちの大きさを、改めて自覚させられてしまう。

 いい加減、彼女との関係を改善しないといけない——優太はそう思う度に自分を責めた。苦しんだ。嘆いた。でも結局は何も出来ず、何も行動しないまま、月日だかけが流れていき、気づけば五年という歳月が過ぎていた。


 いつまでも続く惰性的な日々。

 もう、終わりはないと覚悟していた……そんな矢先。


 やはり、一昨日の昨晩からだった思う。

 今まで溜め込んできた思いの丈を、夕食前に舞生とぶつけ合ったことがすべての切っ掛けだった。

 夕食の席では肩身の狭い思いをした。そのときの優太の姿は、まるで夫婦喧嘩したあとに出現する父親のようだった。現に、『お前、俺に似てきたな』と、風呂上りの父親に言われたときは本気で焦った。


「俺も男になったってことか……」


 自分で口にしてみても、なんでだろう……全然喜ぶことができない。


「え? 何、なんか言った?」

「いや、こっちの話」


 リビングに入ると、エプロン姿の母親がキッチンで心地いい音を奏でていた。

 ぱちぱちじゅうじゅう、甘い香りと黄色い液状、それを注ぐ長方形型のフライパンからして卵焼きだろうか。今日の弁当のおかずかもしれない。


「あら、ふたりともおはよう」


 気づいた母親が、菜箸を片手にぱちぱちしながら声をかけてきた。ふたりはそれに軽く応え、揃ってダイニングテーブルに並んで腰を据えた。


「……?」


 座ってから感じる違和感。でも、違和感の正体が優太にはわからなかった。

 そんな違和感の正体を教えてくれたのは、ラウンドプレートの上にこんがり焼き目の入ったトーストと、青々としたサラダ、ヨーグルトをふたり分乗せてやって来た母親だった。


「あら、舞生、あんたの席はそこじゃないでしょ」

「いいの、今日からここで」


 言われて、はじめて優太も気がついた。


「どう言う風の吹き回し? あんた、いつも間に元の席に戻ったの?」


 母親の疑問に、舞生は答えるつもりがないのか「いいんだよ〜」の一点張り。代わりに母親の疑問の視線は優太に向けられた。

 疑問に対する答えが欲しいのだろう。だけど、優太は曖昧な態度を取ることしかできない。


 そもそも、片瀬家のダイニングテーブルには、それぞれ四脚の椅子が向かい合う形でセッティングされているのが常。

 席順は、左奥から舞生、その横に母親、母親の向かいに優太、隣に父親という編成がこれまでのスタイル。

 しかし、実はこれがニューススタイルで、本来の席順は、左奥から両親が肩を並べて、向かいの二脚に兄妹が座る形だった。

 そう、五年前のあの冬の日までは……。


「そんなことよりも、だよ、お兄ちゃん」

「ん?」


 こんがり焼き目の入ったトーストの表面にマーガリンを踊らせていた優太の左耳に舞生の声が響いた。

 いつもは斜向かい側から聞こえてくる声が、今は真横から聞こえきてくるものだから、なんだか新鮮だ。


「一昨日のこと、覚えているよね?」

「……」


 問いかけられた質問のほうは、リフレッシュさに欠けていた。危うく、齧りついたトーストが口から飛び出しかけてしまう。デリケートな話題は食事中にやってはいけないと優太は思う。


 けど、今はそんなことも言ってられない。口に含んだトーストをしっかり咀嚼してから、咀嚼物をさっと牛乳で胃の中まで流し込む。

 そのあとで、優太はしっかり口を開いて言った。


「あぁ、もちろん」


 覚悟は出来ている。この意思が宿った瞳を見てもらえば一目瞭然だろう。きっと舞生にも伝わるはずだ……と、妹に視線を移すと、舞生の視線は優太の目元より少し下、つまり口元に向いていた。若干、呆れ顔で。


「……ヒゲついてるよ」


 なるほど、確かにこれは呆れもする。


「おっといけねぇ」


 慌てて、口元についた白髭を服の袖で拭い去る。

 これで完璧だ。親指を立て、問題ないことを、もう一度舞生に伝えた。


「……はぁ、本当に大丈夫かなぁ……この人」


 吐き出された重たいため息には、深い憂いが含まれていた。こちらを覗く瞳にも、それは色濃く反映されている。

 今朝目覚めたときから、優太も自覚していた。それに、これから起こりうる出来事を思えば、彼女の心配も全面的に頷ける。

 ベッドから降りるときも、廊下を歩いているときも、トーストにかじりついているときも、自然体でいられていない気がする。常に心の端っこには浮き足立った感情がいる。


「大丈夫だろ、だぶん」


 正直に言えば、やはり不安が大きい。箸を持った右手の感覚もどこか頼りない。

 でも、今さら引けない。引くわけにもいかなかった。


「うん、お兄ちゃんなら、きっと大丈夫だから」


 大切な妹がそう言ってくれたから。そう信じて笑ってくれるから。

 それでもやっぱり一番は、あの頃のような笑顔で、また笑ってほしいから。

 一緒に。いや、今度は三人で。

 あの日のように、目一杯。

 だから、今日も何とかなると、今はそう思っておいても罰は当たらないだろう。



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