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【22万PV突破!】Anemone ~ 君とまたいつの日か。  作者: NexT
#── Capture4.5  Restart! ──#
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#—— 18 ——#

 

 どくんどくんどくんどくんどくんどくん……。

 私の言葉に、彼はなんて言んだろう?

 NOかな? それとも、YES?

 わからない。本当にわからない。心がどうしようもなくも落ち着かなくてもどかしい。今なお胸を打つ鼓動が、今か今かとそのときを待ちわびているように高鳴っている。


「……」


 本当に、ままならないものだと思う。

 自分のことだったら、これほどまでの怖さや恐ろしさ、緊張感に苛まれる必要はないのに。


 あの冬の日。

 元クラスメイトの女の子から、元クラスメイトの男の子を奪い、恨みを買ったあの寒い冬の日。


 自分でも虫のいい話だということは理解していている。だから、つい考えてしまう。

 今、願い乞うこの姿に、元クラスメイトの彼は、いったいどの形で口を開くんだろう。

 一秒、二秒、三秒……十秒……十五秒。時間だけが経過する中、そして彼、片瀬優太はゆっくり口を開いた。



 ×




「……わかった」



 その言葉が鼓膜に届いた途端、ずっと煩く鳴り止まなかった心音は節操なしに落ち着きを取り戻していく。

 ああ、いつもの自分が知る心地のいい心音に戻った……と、彩花はふうーと短く胸を撫で下ろした。


 肺から吐き出される熱のこもった吐息が安堵の波紋を作り、心の底から体中に広がっていく。

 思い返せば、過去にこれほどまで緊張した場面もなかった。でも、だからこそ、自分でもこうやって驚いているのだろうと彩花は思った。


 久しぶりに感じる胸の高鳴りは、どこか気持ち悪くてむず痒い。きっとこれは、自分も知らない一面だからなのかもしれない。

 だけれど、不思議と嫌な気分でもないから、これがまた余計に扱いづらくて。

 彩花は、この感情の名前は知らない。知らないけれど、どこか懐かしいそれは、今もなお、この胸の真ん中に居座っている。


「……」


 逸る自分の鼓動に、彩花はそっと右手を添えた。一旦落ち着かせるように、深く息を吐く。体に残るすべての熱を体の外へと排出すると、普段の自分に戻っていく。


 そこまでして、ようやく彩花は自分の世界へトリップしていたことに気がついた。

 教えてくれたのは、正面から突き刺さる訝しげな視線だった。

 目が合うと、全身を覆っていた緊張感を取り繕うように、彩花は微笑んだ。

 そして、未だに伝えていない言葉を思い出した。


「ありがとね」


 乾いた喉から絞り出した言葉はたった五文字。されど、久しぶりに本気で伝えられた心のからの五文字。

 意味のある大切な五文字だ。それでも、どこか頼りない五文字であり、だからこそ上手く伝わっているのか、彩花にもよくわからなかった。

 それを確かめようと思うけども、彩花は上手く彼の顔が見ることができなくて。けれど、それでも伝えてよかったと、次に鼓膜に届いた言葉を聞いてそう彩花は思った。


「……まあ、杉原は、俺たちの問題とは関係ないみたいだし、巻き込むのはお門違ってもんだよな」


 自分より少し高い位置から発せられた少し困ったような声が、渇いた心にじんわり染み渡っていくみたいだった。

 これも、嫌じゃない。いや、むしろ、その逆で……。これも、難しい感情だ。

 それでも、自然と浮き上がってくる言葉や気持ちもあって。


「ありがたいなぁ…ほんとに…」


 自分でリクエストしておきながら、彩花は心のどこかで勝手に諦めていた自分がいたことにも気づいていた。

 でもそれは、過去にそれ相応の行いをしてきたのは自分なのだから仕方ない。それを一番自覚しているのは彩花自身であり、許しを乞うて、逆もまた然りではないのが世の常だということも重々理解している。

 だから、覚悟もしていた。妹に頭を下げる、姉としての覚悟だ。


 けれど、どうだろう。

 蓋を開けて見れば、いい意味で彩花の予想は裏切られることになった。

 だから、思ってもみなかった返答を受け、口を衝いて出た言葉が感謝の念だった。つまり、本音であり、本懐であって。固く閉ざされた心の内からわずかに漏れ出た、彼女のありのままの心情──。


 だから、自分でもびっくりした。なんなら今もびっくりしている。思わず、両手で自分の口を塞いでしまうほどには、焦っている。


「ん?」


 そんな彩花の行動に気づいた優太が、どこか不思議そうな顔でこちらを見ていた。

 何か言いたげで、何を言ったらいいのか分からなくて、戸惑っている感じ。彩花がわかるのは、同じ気まずさを覚えているからだろう。思いのほか、「ありがとう」からの二の句が素直に出てきてくれない。


 今日、ふたりの間にはじめて流れる重たい沈黙。次第に視線の置き場もなくなり、逃げるように視線を逸らすと、彩花の瞳は西の空に暮れずむ赤赤とした陽光に顔を照らされた。


 暖かくて気持ちの良い暖光に、思わず目を細める。

 赤色と橙色のグラデーションがかった空色が、恵風に揺蕩う池の水面に反射して宝石箱のようにきらきらと輝いていた。


 気づけば、周囲の喧騒も雑踏も小さくなっている。

 日中、あれほど池の上を自由気ままに漂っていたアヒルのボートの群れだって、今ではすっかり巣篭もり状態。

 未だに公園内を賑わすのは、ビニールシートを手に取った社会人や大学生たちといった昼間に飲み足りなかったであろう大人たち。あるいは、十八時からライトアップされる夜桜が目当てなのかもしれない。

 まぁ、どちらにしろ今の彩花には知る由もないことだ。


 けれど、今はキャッキャッとはしゃぐ姿がなんだか無性に笑えてくる。

 これからは大人の時間。そう、流れる時間が示してくるみたいで、なんとなく笑えてくる。


 ふと気になった。

 今、隣にいる彼は、この状況をいったいどう思っているのだろう?

 彩花がそう思ったとき、スマホの着信音が鼓膜を震わせた。

 音源は自分のではない。すぐ目の前から。


「やべっ!」


 声につられて見ると、透明なカバーで包まれたスマホを手に取った優太が青い顔をしている。

 それだけで、今の彩花には十分な情報だった。


「じゃあ、私、行くね」


 優太が応答する前に、彩花は自ら撤退宣言。


「え? あ、ああ……」


 一瞬、困惑した表情を優太が浮かべると、すぐに状況を察したのだろう。優太からは曖昧な相槌が返ってきた。


「今日はありがとね」

「……ああ」


 視線だけは合うことはなかったけれど、返事が戻ってきただけで儲けもの。今はそれだけでよかった。なのに、どこか釈然としないのは、なんでだろう。


 少し考えると、すぐにその理由は判明した。

 でも、最後に一つだけ。この場を立ち去る前に一つだけ。


「聞きそびれちゃったけどさ、近いうちに一つ目の答えも聞かせて欲しいなって」


 桜美彩花と片瀬優太、そして皆瀬雪音。

 ——本当に悪いのは、私か、それとも君の幼馴染のどちらなのか。

 それは、三人の因縁の根幹を揺るがす根本的なクエスチョンでもあるから。

 本当は今すぐにでも答えを聞きたい。でも、きっと今すぐ優太に答えを求めても、答えは得られそうにないから。今は我慢。近いうちに、その機会は訪れる。だから、そのときに……。


「……わかった」


 優太は確かに頷いてそう返事をした。言質は得た。今はその約束を交わせただけで満足だ。


「うん、ありがとう。じゃあ、また学校でね会おうね、片瀬君」


 そう言って、今度こそ彩花は踵を返した。振り返る直前に見れたのは、彼の素っ頓狂な表情。案の定、そのあとすぐに戸惑いと動揺に染まった呼び掛けがかけられる。


「ちょっと、お前っ、それって……」


 でもその呼び掛けは、背後から駆け寄ってきた溌剌な声に遮られてしまう。


「あっ、先輩っ! はっけぇーん!」

「うおっ! ちょっ、だからお前、背後から抱きついてくんなって!」

「またまたぁ〜、先輩、照れちゃってぇ〜」

「照れてねーよ! 迷惑してんだよ!」


 そんな楽しげで愉快げな、でも、どこか胸の奥が締め付けられるような……言葉にすればきっと目を逸らしたくなる揺らめきを胸に、彩花はその場を後にした。


「さ、これでやっと、私たちの戦いに入れるね」


 じゃれあう二人の様子を傍から見つめる……もうひとりの少女と一緒に……。


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