#—— 14 ——#
「呼んだ?」
それは予期せず、意図せず、不意にして唐突に。
背後から掛けられた声に、優太は肩越しに振り向く。
「……なんで、君がここに」
「さあ、なんででしょう?」
ふわりとセミロングの髪を揺らして少女は笑った。
その笑顔に、優太は見覚えがある。それもそのはずだ。それはつい昨日の昼休み終了間際、今日と同じ笑顔を屋上前の廊下で目にしているのだから。
雪音と向かい合っていたあの場に、彼女は同様の微笑を浮かべて現れたのだから。
「ねぇ片瀬君、少し、私に付き合ってくれない?」
優太の疑問には答えず、彼女は唐突にそんなことを提案してきた。
「話があるの。ほんの少しでいいから、さっ」
畳み掛けるようにそう告げてきたあとで、彼女は「ね、お願い?」と言わんばかりに両手を合わせている。そんな彼女の姿に、それまで唖然としていた優太の意識も徐々にクリアになっていく。でも、いくらクリアになったところで結局、わからないことだらけの現状。正しく事態を把握しきれていていない状態では、肝心の何をどこかでもまで理解していけばいいのかがわからない。
「知りたいんでしょ? 私のこと」
そんなごちゃ混ぜになった優太の心情を見透かすような笑みを、目も前の少女が浮かべた。その笑みに心臓が跳ねたのは図星を突かれたからか、それとも……。
「私がここにいるその訳とか理由とか、そもそも話、何で私が君のことを知っていたのか……とか、気になってんでしょ?」
つらつらとそれでいて楽観的に、彼女は次々に優太の心に浮かんだ疑念を的確に言葉に変えていく。
「そのために場所を変えたい、と?」
やっと捻り出した優太の言葉の背景には、智花との再開の場所がこのベンチ前だという明確な理由があったからだ。どう考えても、今、この場から離慣れられると困るのは智花と自分だ。
確かに、彼女の言葉とおり、昨日から優太は彼女のことが無性に気になっている。それが今もなお胸の中で蟠り、違和感を覚えているのが何よりの証拠だ。
でも、だかといって、智花との約束を反故にしていい口実にはならないはずだ。優太自身、そこまで常識知らずに成り下がるつもりはない。そしてそれが自ずと導き出した結論になる。
けれど、その旨を伝えようと口を開きかけた直前、優太の言葉は遮られることになった。他ならぬ、淡い微笑を湛えた彼女の言葉によって。
「まぁ聞いてよ。この場では話せない理由もさ、あとでちゃんと話すし…、それにあの子が帰ってくる時間まで取らせるつもりはないからね。まあ、君なら、私が知っている片瀬優太君なら、どうせすぐに気づいちゃうだろうしね」
彼女の言葉を聞いて、優太は喉元で堰き止めていた言葉を飲み込んだ。何ひとつ具体的なことは口にしていない、そんな彼女の言葉を。
それを無言の肯定だと受け取ったのか、彼女は目元だけで静かに笑った。意味深な微笑だ。瞬きを挟む刹那の間で、その笑みが優太の神経をいたずらに刺激された。
もちろん、そこに明確な理由はなかった。でも、そう感じてしまったことに、理由を求めている自分がいるのだから、きっと意味があるのだと思う。ただ今は、それを自覚できていないだけで。けれど、何かの拍子にきっとすぐに思い当たる節は見つかるような、そんな不思議な予感もしている。
ふとした瞬間に感じ取ってしまうのだ。心のどこかで、記憶の片隅で、目には見えないけれど、それでも確かに感じる彼女との奇妙な繋がりを。
けれど、そうやって最後まで逡巡する優太の思考は、彼女が放った最後の言葉によって物の見事に吹き飛ばされてしまう。
「あの子ね、今日、君とデートするって張り切っていたよ」
「——っ!?」
「さ、ヒントはここまでにして、さっそく行こっか」
そう言って彼女はひらりと身を翻す。その拍子に柔らかそうなセミロングの髪が宙に舞った。
当の彼女は、そのまま振り返りもせずに人混みの中に紛れていく。まるで最初から優太があとに続いてくると想定しているかのような迷いのない足取りで。
さも心が見透かされているような気分になってしまうのは、何でだろうか。優太にはそれがわからないけれど、単純に面白くはなくて、つい反発したくなってしまうような自分もいる。
それでも、そんな意固地になる想いに反して、優太の意識は人混みに紛れる彼女の姿を見失わないようにと必死になって追っているのだから、そんな自分が嫌で嫌でしょうがない。
だから、思わず「くそっ」っと内心悪態をついてしまう。そうさせてしまう理由は、自分が一番わかっているのに。
優太は彼女の背中を追う傍ら、ズボンのポケットからスマホを取り出した。
ディスプレイを顔に向けて明かりを灯す。確認したかったのは現在時刻。そろそろ五時を回ろうとしていた。
「確か、あと十分ぐらいしたら帰ってくると言ってたよな……」
人口密度に比例して、勝手気ままに混み合う井の頭公園内。恐らく売店や自動販売機にもそれは比例しているだろう。
そんな状況下におかれて、人混みに目を回した優太を顧み、飲み物を買ってくると豪語して駆け出していった智花。
そんな彼女の後ろ姿を見届けてから早くも十分近くが経過している。追加で送信されてきた「遅れる」のあの事務的なメッセージを加味して計算すると、残りは約七分近く。そのタイムリミットを超過すると、智花が再びこの場所に戻ってくることになっている。
でも、今は……。
そこまで考えて、優太は見失いそうになる彼女の背中を追うことに決めた。
あのとき彼女は言っていたのだ。
「あの子が帰ってくる時間まで取らせるつもりはないからね」と——。
それにあの少女のことは優太も気になっている。それもただ気になっているのではなく、無性に。
ならば、あの言葉に嘘偽りがないことを、今の優太には信じる他なかったのだった。




