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【22万PV突破!】Anemone ~ 君とまたいつの日か。  作者: NexT
# ── Capture4. Fact ── #
28/53

#—— 6 ——#

 


「雪音さん? あたしの話、聞いてます?」


 金曜日の学校を乗り越え、久しぶりに迎えた休日の土曜日。

 舞生は、昨日約束を交わしていた通り、二つ年上の先輩、皆瀬雪音(みなせゆきね)と駅前のデパートを一緒に訪れていた。


 今日、舞生はこの瞬間を誰よりも心待ちにしていた。雪音との買い物に出かけるのは、今や舞生の人生の中で最高のご褒美。

 昔は、兄と三人よくこうして買い物に出かけていた時期もあった。しかし、歳を重ねていくにつれ、また舞生自身が部活動に精を出し始めたことや、突然当の雪音が九州に引っ越してしまうというアクシデントが重なり、結局、その機会は叶わないでいたのだ。


 そう、再び、彼女がこの街に帰ってくる一年前までは。


 あれはまだ中学二年のころの出来事だった。

 舞生の大好きな一つ年上の彼女が、父親の仕事の都合上、再び吉祥寺に帰ってきたことを知ったあの日——その情報を手にした舞生は飛んで喜んだのを我ごとながらによく覚えている。もっとも、彼女の幼馴染としてそれを一番喜ぶべき存在である兄が、平然としていたという寂しげな記憶も、それ以上に鮮明に……。


 あの二人の幼馴染に関して、舞生自身、どことなく察していたところもあった。

 きっとあの日、五年前のあの冬の日からだと思う。

 当時、小学三年生だった舞生が、嫉妬してしまうほど仲が良かった二人の間に何らかの亀裂が生じ始めたのは——。


 それを、兄の優太も、今、目の前で上の空である二つ年上の先輩も、頑なに話してくれないから困っている。ずっと、悶々としている。でもこれは、二人の間に生じた二人の問題。二人だけの難題。だから、変に気を回し、変な角度から口を出すのも間違っているような気がして、今まで舞生は口を噤み、静観してきた。


 それと同時に、もしもふたりの間に何らかの溝が出来たとしてーー百パーセントいざこざが生じていると人目でわかるのだがーー今の舞生には一体何ができるのか、自分が協力したところで、深すぎるその溝を埋めることができるのだろうか——と、考えられずにもいられない。


 今の舞生には、何もわからない。だから手を出せないし、アドバスとは言わなくても何か手助けしてあげることも叶わない。それでも、原因がわからないまま、何もできないよりかは二人のために何か行動するほうがよっぽどいいと思う。

 きっと、わからないなりに何か出来ることがあると思うから。少なくとも、妹として兄の腑抜けた顔を、少しはマシな顔つきにしてやることくらいはできると自負している。


 でも、そんなことすらもできないのが現状なのだ。唯一、妹の舞生に出来ることいえば外堀からだんだん埋めていくこと。徐々に、二人の間に生じた亀裂の原因を諦めずに探り続けること。実は、今日の買い物もそれが狙いで誘ったという意図も隠されていたりする。


 それを、目の前でアイスティーを口にしている彼女は知らない。兄の優太にだって話したことはない。だいたい話すつもりも毛頭ない。話したところで「バカなことはやめろ」と突っぱねられることはわかっているから。

 なら、自分だけでどうにかする他ない。すべてはもう一度、三人で笑っていたあの日々を、今も記憶の片隅で輝き続けるあの日々を取り戻す、そのために。

 あの五年前のように、もう一度、三人で買い物がしたい。その一心で舞生は、今日の雪音との買い物に挑んでいる。


 そしてついに今日、我慢の日々を過ごしてきた舞生に神様がご褒美を授けるように、待ち望んでいたその瞬間が彼女の前に転がり込んできた。

 すべてのきっかけは、喫茶店内から見える外景をぼぉーと見ていた雪音の瞳が微かに動揺したことから。

 大きく見開かれた瞳が映すその先にいたのは、舞生も知らない女子と一緒に歩く兄の姿だった。でも、すぐにその姿は下の階に続くエレベーターに乗って見えなくなる。


 舞生は椅子が音を立てるほど勢いよく立ち上がった。それに起因して、何事かと周囲の視線が一斉に彼女に集中する。その中には雪音の視線も当然含まれている。


「雪音さん、追いかけよう」


 けれど、舞生はそのすべての視線を遮断し、目を丸くして見つめてくる先輩の華奢な手を強く握った。


「……え? ちょっと舞生ちゃん?」


 小首を傾げる雪音の姿は、先ほどの動揺がまるで嘘みたいに上手に取り繕われ、今は先ほどと異なった動揺をその大きな瞳に浮かべている。その姿を目にした舞生は「この人女優になれるわ」と、勝手に感心した。実際、彼女は舞生の突然の挙動に驚いているだけなのだが……。


 けど、舞生は見逃さなかった。宝石のように透き通る綺麗な瞳に覗く、微かな感情の揺らめきを。彼らを見ていた自分を見られていたという事実から生じた動揺を。

 今の彼女は、必死に自分を律しているのだろう。少なくとも、今の舞生にはありありとそれが伝わってきた。その姿は毅然であり立派である。あるけど、今の舞生にはひどく悲しげにも見えた。そして、そう見えてしまった舞生は、今まで胸の中に蓄積された感情を抑えることができなくなっていた。


「いきなり立ち上がったりして……どうしたの?」


 自分の問いかけに答えない舞生に、憂いげな瞳で見つめてくる雪音の視線を、舞生は強引に引き剥がした。それから、すぐさま二人分の支払額を財布から取り出し、かと思えばそれを机に叩き付ける。仕上げに、自分の咄嗟の行動に何事かとぎょっと目を見開く一つ年上の先輩の華奢な手を強引に掴み上げ、


「行こう、雪音さん」


「 え? 行くってどこにーーって、ちょっと、舞生ちゃんっ!?」


 店内に動揺した雪音の声がよく響いた。それを舞生はあえて聞こえないフリをしてレジへと急ぐ。


「ちょっ! お客さん、お釣り!」


 続けざまに聞こえてきたのはウェイターさんの制止を訴える声。しかし、舞生はそれらを尽く突っぱねて、以前背後で何やら言っている雪音の手を引っ張り、二人の消えたエレベーターのほうへと駆け出したのだった。



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