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「てへ、ついテンションが上がっちゃってしまいまして〜」
半歩、踊るような足取りで前を行くひとつ年下の後輩は、反省しているのかしていないのか曖昧な表情で優太に謝罪してきた。
そんな彼女を白々しい目で見る優太は現在、智花に先導されるような形で、地下二階から地上九階まで約百店舗を連ねる駅直結型複合施設ビルに訪れていた。
駅からも直結しているこの駅ビルは何かと便利で気軽に足を運べる場所にある。連日は多くの買い物客でごった返していることが日常茶飯事であり、今日も今日とて駅ビル内には多くの人たちで賑わってた。
基本的に休日は自宅で惰性的な一日を過ごすことが多い優太。この駅ビルにも数えられるくらいしか訪れた覚えがない。最近気まぐれに訪れたことがあっても、家族や男友達の慧くらいだろう。ましてや、妹以外の異性を伴ってなどここ何年間はなかったと思う。
「あっ、先輩、このハンドクリームとかどうです? すごくいい香りがしますよ」
そこは、二階に構えるとある化粧品店、華やかな香りと煌びやかな色合いに包まれた店内には、日本人の空気や肌に最適化されるようにと試行錯誤されて作られた香水やハンドクリームなどが揃うおすすめコスメ店だとか。
教えてくれたのは、今、ハンドクリームを片手に持った少女だ。
つい先ほどのこと。彼女の魔の手から解放された優太へと「友達の誕生日プレゼントが近いので、一緒にプレゼント選んでください」──そう智花の口からお願いされてしまったのがきっかけだった。
そもそもの話、このプレゼント選びを手伝ってもらたいがため、智花は昨日、デートと名大打って誘ったらしい。
『らしい』と曖昧な言い方なのは、先ほど捲し立てるように智花がそう言ってきたから。
残念だったのは、少し色づいた頬はすでにチークで淡く色付けられており、それが照れ隠しで赤くなっているのかどうか判断できなかったことだろう。
まぁ、どちらにしても、昨日誘われた時点で断らなかったことから、優太が彼女の要望に応えるのは必然と言えた。ここまで出向いておいて一人帰宅するのもなんか違う気がするし……。
それ以降は智花の要望とおりで、優太の役割はもっぱら彼女が逐一見せてくるプレゼント候補に忌憚のない意見を述べるだけ。リップクリームや筆箱、名前入りのボールペンなど、実に様々なプレゼント候補を見せられ、その度にそれぞれに当たり障りのないコメントを並べている。が、役に立っているのかどうかはまではわからない。
「うーん、やっぱりこっちかなぁ」
まぁ、でも、今も目下でまじまじ商品と睨めっこしている智花の姿を見ていると、優太の意見など別段参考にしなくてもプレゼント選びには何ら問題はないと思う。
そう、プレゼント選びは……。
優太は目下で女性店員さんを呼び、詳細を尋ね始めた智花の服装に着目した。
今日の彼女の格好は、駅で抱きつかれたときも薄々感じていたが……何というか、一言で言えば派手な服装だと思う。
ミディアムヘアの上に載せた白いベレー帽とハンドバックはともかくとして、首元から肩口にかけてあしらわれた花柄のレースの肩出し出しトップスは、妙に色っぽく、扇情的だ。
それに合わせた黒のハイウエストのプリッツスカートも、かっちりといした黒の厚底ブーツだって、彼女の蠱惑的な魅力を存分に引き出している。
今の彼女なら、いつなんどきナンパされてもおかしくないだろう。現に、この前は制服姿でもナンパされていたのだから可能性はなくもないと思う。
それに、ここ最近の青春は何かと空気を読んでくれていない傾向にある。邪推すぎるかもしれないが警戒しておくことに越したことはない。
「先輩、お待たせしました」
そんなことを考えていると、いつの間にかプレゼントを購入し終えた智花がほくほく顔で帰ってきた。
「結局、なに買ったんだ?」
その細く白い手には小洒落た紙袋が握られている。綺麗にラッピングされているのは、これがプレゼント用だからだろう。
「ハンドクリームです」
智花は満足気な笑みを浮かべ、購入したばかりの袋を軽く持ち上げ見せてきた。生き生きとした表情から察するに納得のいく商品を買えたようだ。
「最初に見てたやつだっけか、それ?」
智花が取り出したのは、入店直後、真っ先に手に取った物だったはずだ。優太の疑問を智花が首を縦に振って肯定した。
「はい、デザインもかわいくて、保湿性もあって香りもこれが一番ビビっときたんで、結局、この子に決めちゃいました」
「そっか、いいものがあって良かったな。……けど、俺は必要なかったんじゃないのか? 最後のほうは店員さんの意見を聞いていたわけだし」
これは優太の客観的な自己分析から述べた感想であり、けっして嫌味で言ったわけではない。
最初は、見せられた品々に感想を言っていた。しかし、最後のほうにもなると、店員さんと話す智花を後ろからぼーと見ていただけで、ろくなアドバイスなんて言ってあげられなかったと思う。コメンテーターとしては相当な実力不足だったはずだ。
しかし、そんな優太の言葉を、今日の言い出しっぺである当の本人が即座に否定した。
「そんなことないですよ! 先輩はいてくれるだけも充分だったんです。ほら、わたしのバックもちゃんと持ってくれているじゃないですか」
そう言ってニンマリと頬を緩ます智花。……なるほど、計算通りというわけか。気づいたときには全てが遅かった。だからといって、今さら断るわけにもいかない優太の身としては、右手に持っているハンドバックを見て苦笑するほかない。
しかし、ずっしりとした重さが先ほどから負担なのだが、これには一体何が入っているのだろうか。尋ねたら尋ねたでそれはそれでえらくと怒られそうなので尋ねはしないが、優太が今日の役目を察するには十分な情報は得られたと思う。
「なるほど、今日の俺の役目は荷物持ちですか」
先輩を荷物持ちにするとはなかなか見どころがあると思う。ある意味彼女の将来が楽しみでしょうがない。きっと大物になるに違いない。
「ふふ、何か不満がありそうな顔をしてますね、先輩?」
そう言いながらも智花が踊るような足取りで優太の先を行く。その背中を追いかけ、優太は足取りを揃えた。
「いいや、不満はないよ。ただ、すれ違いざまのウィンクがあざとかったなーと思っただけだ」
「むぅ、何ですか、それ」
冗談めかして最後に付け加えた言葉に智花が食いついてくる。先ほどのころっとした笑顔はすぐに不満げな色を帯びて優太をじろりと見てくる。
それが、またどこか笑えてきて、優太はつい声に出して笑ってしまうのだ。そして、そんな優太につられるように、先ほどまで口を尖らせていた智花も、気づけばころころと笑い出していた。
それから優太は、宣言通り、智花の荷物持ちに徹した。
時折、感想も聞かれたりもした。
三階のレディースファッション店でも……。
「先輩、このトップスちょー可愛くないですか!?」
「んん、まあー、確かに、似合っているかもな」
四階のレディースファッション店でも……。
「先輩、このスカートちょーデザイン良くないですか!?」
「確かに、派手すぎずにいい感じかもな」
五階のレディースファッション店でも……。
「先輩、このカーディガンちょー落ち着いて見えませんか!?」
「見える見える、ちょー見える」
六階のレディースファッション店でも……。
「先輩、このワンピースちょー清楚系に見えると思いませんか!?」
「うんうんそうだね、ちょー清楚系だね」
七階のランジェリーショップでも……。
「先輩、このブラちょ——」
「ちょっ先輩、ここめちゃくちゃ居づらいから外で待っているわ!」




