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本日も、二話連続更新です。よろしくお願いします。
あの日も、そうだった。あの日も優太は、遠退くあの背中を追いかけることができなかった。
「ごめん、杉原」
「先輩?」
優太は一言だけそう告げると、智花の肩を掴み、そっと押し除け立ち上がると、保健室を飛び出した。
「ちょっと、先輩ってばっ!!」
背後からは智花が呼ぶ声が聞こえてくるけれど、動き出した体はもう止まらなかった。
「悪いっ! あとで、戻るから」
わけもわからないまま、考えもまとまらないまま、そもそも考えなんて何もないまま、優太は駆け出した。一刻も早く、ここにはない、あの背中を追いかけたかった。いや、追いかけなければならないと、そう思った。
理性ではなく本能で。頭ではなく心で。
廊下を駆け抜ける優太の頭には、彼女を追いかける理由がいくつか浮かんでは、消えていく。
後悔するのは、もう、嫌だったから?
彼女に嫌われるのは、もう、耐えられそうになかったから?
でも、一番の理由は、もう一度だけでもいいから、彼女の笑った顔が見たかったから——。
他の誰でもなく、誰かによって見せる笑顔ではなく、自分の言葉で、自分の声で、自分の想いで、見せてくれるあの笑顔を——。
でも、いざ彼女を追いかけてみると、気づいてしまう。
もし、追いついたとしても、そのあとの自分はどうするべきなのだろうか。どういった顔をすればいいのか。どんな言葉を並べるのが正解なのか。どんな態度を取るべきなのか……。
一番に思い浮かんだのは、謝罪の言葉。
「ごめん」とか、「悪かった」とか、「誤解なんだ」とか、言い方はたくさんある。取り繕うと思えば思うほどいくらでも思い浮かんでくる。くるけれど、
「バカっ、違うだろ、そうじゃ、ねぇーだろっ!」
だけど、心のどこかでわかっている自分がいるのだ。
たぶん、いや、きっと弁明したところで意味はないのだろう。考えてみれば、今の優太が彼女に弁明する理由はないのだから。
彼女は優太の彼女でもなければ、友達でも、親友でも、家族でもない。
——じゃあ、なんだろう。
今の彼女は、皆瀬雪音という存在は、今の片瀬優太にとって、どういう存在なのか。
「……」
そう考えると、考えてしまうと、考えてしまうほど、言葉が詰まり、心が締め付けられ、正直、わからない。今、彼女を追いかける理由もわからない。だから、駆ける速度も次第に緩やかなものに変わっていくし、流れゆく廊下の景色もゆっくりなものになっていく。乱れた呼吸も規則正しいものに変わっていく。
気づけば、屋上の扉の前に優太は立っていた。
訳も理由も考えも、まともに纏まらないまま、でも、立ち止まってもいられないまま、彼女の行く手もわからないまま、気づけばこんなところまで走ってきてしまっていた。
「何やってんだよ、俺……」
智花と一緒にいるところを見られ、勝手に動揺して、勝手に追いかけて、勝手に追いかける意味を見失って……完全に空回り。もう、自分が自分でわからなくなる。
でも、一つだけ、たった一つだけ、確かなことがある。
「バカじゃん、俺……」




